プロローグ
興味を持ってくださってありがとうございます。
こちらの作品の更新ペースは遅くなる可能性がありますが、精一杯書かせていただきますので、よろしくお願い致します。
「マスターの心肺停止を確認」
心肺停止。
心臓が止まった。
それを私達は死と呼ぶ。
けれど、人間にとって死とは、そんな簡単なものではないらしい。
私がマスターを覚えている限り、マスターは死なないのだという。
「蘇生方法、検索。……該当無し」
止まった心臓は、もう動かないのだろうか。
私にその知識はなかった。
……生きて欲しい。
何故こんなことを思うのかわからない。
私は何を思っているのだろう。
「私は、マスターに、生きて欲しい」
人間の真似をして再現した、とても淡い私の体温。その小さな温もりよりも、マスターの手は冷たかった。
これが、私達の言う死。
私は、人間ではない。だから死ぬことは無いに等しかった。
私は死なない。一生マスターを覚えていられる。それならマスターは死なない。……けれどマスターは死んだ。
私の中で、備え付けられた理論と、無いはずの感情がぐるぐると渦巻いていた。
計算や理論の組み立てだけがずば抜けて得意なはずのその思考が、数十秒もかかって一つの結論を導き出す。
――人間は死ぬ
けれど、誰かの記憶に残っている限り、記憶の中では生き続けることが出来る。
けれどそれは、機械である私にとって死んでいるのと同じ意味を持った。
――人間は死ぬ
私達とは違う。
「マスター、命令を」
この期に及んでもマスターからの命令を求めてしまう。
命を失ったマスターから命令が来ることは無い。
……いや。
マスターは、生きていたとしても私に新しい命令を与えない。
本当に、私の中に刻まれた命令は、一番最初に与えられた物のただ一つだった。
「マスター、命令を執行します」
マスターが死ねば、私とマスターの契約は打ち切られ、もう命令に従う必要はなかった。
「でも、私はマスターの命令に従いたい」
機械にはないはずの意志。
人間は、自らの意志で人生を歩く。
「私は、マスターのことが好き」
本物の恋心。
機械が絶対にしないはずの恋。
人間は、恋をする。時に苦しく、時に楽しく。
「私は、マスターを殺したあいつらが憎い」
今も、外で私達を殺そうと蠢いているはずのあいつら。
どれほど無残な姿に切り裂いてあげようか。
人間は、他者を憎む。そこに理屈はない。
「私は、マスターの死が悲しい」
誰が命を落としても、何も感じないはずだった。
人間は、他者の死を悲しむ。
目の前がぼやける。異常を告げる私の脳を置き去りにして、ぽたぽたと頬を伝った雫がマスターの顔に落ちていく。
「これは……涙……?」
何故涙が?
私の身体には水分がない。涙なんて、いくら悲しくても出るはずがないのに。
「原因検索。結果、身体の組織が涙を強引に生成、構築したと推定」
私は、涙が出るほど悲しい。
人間は泣く。
「私は、マスターの仇を討つ」
窓の外には禍禍しい景色が広がっている。
黒色の空。
赤色の地平線。
紫色の大地。
これが、魔物に侵食された世界。
「待っててね、マスター」
私は、目を閉じたマスターに笑いかけた。
人間は笑う。嬉しい時、楽しい時。悲しい時も、辛い時も。
私には、いつ笑えばいいのか分からなかった。
でも、なんだか……笑顔って、自然に出るものなんだなって。
「行ってきます」
私は、人間が使っている挨拶をして、部屋を出た。
部屋の外には、世界をこんな風に変えてしまったあいつら――魔物が数百、数千と待ち構えている。
その群れの中には、ちらほらとまだ戦っている人間や、私と同じ存在である機械人形の姿が見えた。
けれど、皆消耗していてもう長くは持ちそうにない。
「アイン・ハクアリンジェ。魔物の殲滅を再開します」
忘れない。
マスターがくれた名前。
忘れたくない。
マスターが教えてくれたこと。
絶対に忘れないよ。
マスターのこと、全部。
忘れないから。
「マスター……」
魔物の血に塗れ、所々機材の剥がれた私は、きっと醜い姿で、空の色が晴れるのを見た。
数日間ぶりに見た太陽は、とても綺麗で温かかった。
照らされた紫色の大地は、先程までの悲惨さを思い出させるが、もう禍々しさはない。
赤い地平線は、水色の空と同化するように消えた。
私は、幸せだった。
機械人形が、絶対に感じることの出来ない幸福感。
けれど、壮絶な戦いを経て満身創痍の私は、
「マスター、命令を執行します」
私の意識は。
私の中にある、心臓と同じ役割を持つ動力源は。
静かに、音を止めた。
マスター……。
命令を、完遂しました。
こんにちは、筋肉痛が治らない作者です。
後書きまで読んでくださってありがとうございます。
自分の作品を読んで下さる読者様にはとても感謝していて、毎回毎回気付けば後書きでお礼を述べている状態なのですが、しつこくなっていないか心配です。
なんだか今回も、既に前書きでお礼の言葉を述べていたような気がしています。
この作品を少しでも気に入っていただければ幸いです。
いつ終わればいいのか分からなくなってきたのでこのあたりにしておきます((
ありがとうございました!