依頼内容その8:それが叶わぬものと知っていても
ほぼ1年、仕事に殺されそうになったり、人間関係に嫌気が差したり、転職だったり、色々ありすぎて手付かずとなってしまいましたが、続きとなります。
開始時に思っていたことも、考えていたことも、今とまったく違う状態となり、どうしたものかと思いましたが続けられるだけ続けようかと思いました。
どうぞよろしくお願いします。
翌朝トレーラー、シュバルツ・マローゾでカズトは目覚めた。
外を見てみると、早朝の為か街はまだ静けさに包まれていたが、朝日はやや強い感じがする。
だが、涼しげな風が吹いているので、体感としてはいつもと変わらない過ごしやすい気温だ。
いつもと違うのは、久しぶりに一人なので朝飯を自分で作らないといけないというところか。
スケアクロウの修理は終わっただろうか、手元の端末でメールボックスをチェックするが修理の状況などについてのメールは届いていない。
作業の進捗がよろしくないのだろうか。
とにかく工場へ向かい状況を確認したほうがよさそうだ。
サッと身支度を整える。
身だしなみを気にするような仕事ではないので、顔を洗い歯を磨くくらいだが、身だしなみといってもいいだろう。
支度を終えてメンテナンスを依頼した工場へ向かう。
途中、開店の準備をするパン屋を見かけた。
どうやら夫婦で経営しているようだ。
ニーナも将来店を持ったら弟や姉とああやって、店をやっていくのだろう。
資材の仕入れは弟、お菓子の販売や宣伝は姉だろうか。
悪くないな、悪くない。
もしかしたら自分も、姉や兄たちと同じように店を開いたりしていた未来があったのかもしれない。
一番上の姉が全体を取り仕切り、次に年上の2番目の姉と末っ子の弟が接客をする。
自分と、3番目に年上のロム兄さんがストライカーで材料や品物を仕入れてくるのだ。 きっと自分はロム兄さんに付いて行ってストライカーの動かし方を習ったり、近くの村や遠くの町へ行っていろんな世界に触れていたんだと思う。
肝心の金勘定は、しっかり者の妹が小さな背のクセに大きな態度でガミガミ言いながら管理をする。
そんなことを考え、ふっと我に返る。
「俺は、何を空想していたんだ。。。」
自身の空想から逃れるかのように、カズトは足を速めた。
しばらくして、工場に到着したが物音がしない。
修理に使う機械音がすると思っていたが、、、
あたりを見渡していると、よろよろとツトムが生気のない顔つきで工場の奥から顔を出した。
「やあ、カズト君。スケアクロウなら、あっちだよ」
ツトムの指の先には修理が完了したスケアクロウが居た。
「なんだ、修理が遅れてるのかと思ったぜ」
「いやぁ、修理事態は終わったんだ。割とすんなりね。。。」
「なにが、すんなり行かなかったんだ?」
「バッテリーの充電させてもらおうと思ったら、バッテリーの放電忘れちゃって、ま、それだけなら普通大丈夫なんだけど、間に合わせようと思って急速充電をかけちゃったから、スパークしちゃって、伝送系がやられちゃったんだよねぇ。。。そんなわけで電子機器系が全滅。。。」
そこから先は正直、耳に入れたい内容ではなかった。
つまり、レーダーや火器制御、ロックオン、オートで行われている姿勢制御といった補助機能が一切機能しない状態ということ。
さらに困るのは、部品を交換しようにもお金がないということだ。
そのため、ツトムは生きている部品をどうにかこうにか繋いで、最低限ストライカーが動作するために必要な機能を復活させる作業に尽力し、今まさに作業が一段楽したところだったということだ。
「おい、それ、動くのか!?」
「だ、だいじょうぶ、移動くらいはできる。ただ、FCSやらレーダーがまだで戦闘はムリだ。つまり、武器のロックオンと索敵が出来ない」
「はは、丸腰も良いところだな」
「うん。だからさ、頑張って見つからないように移動して。今回の依頼は敵が居るわけじゃないけど、ゴロツキはどこにでも居るからさ」
「ああ、可能な限り善処するよ」
「あと、僕が一番心配してる部分なんだけどさ」
「おう、どうした」
とたんに、うーんと今まで以上にツトムが渋い顔つきになる。
「カズト君、キミさ自分が方向音痴だって忘れてない? レーダーなしでどうやって行く?」
時刻は昼に指しかかり、日差しはよりいっそう強く荒野を照らす。
砂煙を上げながら2機のストライカー・ギアが1列となって目的地を目指し進んでいた。
先頭を進むのはシェーラザード。
当然、操縦者はコンチェルトだ。
しかし、彼女は普段のスマートで美しい表情ではなく、あからさまに不満を前面に押し出した膨れっ面である。
「なんでよ、なんでなのよ、どーしてなのよ」
出発してからずっとこの調子だ。
その原因は後方のストライカー・ギアにある
スケアクロウだ。
さっきから向うの様子が気になってしょうがない。
我慢していたが、通信回線を開くことにした。
「ニーナ、体調は大丈夫、退屈してない? 酔ったりしてない?」
スケアクロウのコクピットに、コンチェルトの若干不機嫌を宿した声が響き、カズトはまたか、、、と思った。
実は数分前にもコンチェルトからこっちの様子を確認する通信があった。
実はさらに数分前にもあった。
どうやら、コンチェルトからとある性的趣向者の疑いをかけられているようだ。
なぜこんなことになったのか、答えは簡単だ。
スケアクロウのレーダーが壊れているのなら、レーダーが壊れてないストライカー・ギアに乗ればいい。
素晴らしいアイデアだった。
そのはずだった。
その、レーダーが壊れていないストライカー・ギアというのはシェーラザードのことである。
コンチェルトは調べ物があるといっていたので、貸してもらえないか交渉に出向いたが、答えは「無茶な操縦で機体にへんな癖がついたらたまったものではない」というぐうの音も出ない返事だった。
しかしそれではニーナの依頼が滞ってしまう。
そこで、コンチェルトが自分がカズトの代わりに行くと言い出した。
なぜか、ニーナにたいして「お姉ちゃんに任せなさい」などと息巻く始末。
断られるところまでは一応想像していたが、この反応をカズトはまさか予想していなかった。
しかし、受けた依頼を他人に預けたとあっては信用に傷が入る。
合理的とは思いつつも、カズトとしては流石にその申し出を受け入れるわけには行かなかった。
そもそも、チョコレート買ってこいと言った張本人が現地に来てどうすんだと、つっこみそうになった。
そのやり取りを見ていたニーナが、空気を察して依頼者として提案した内容が、コンチェルトに先導してもらいカズトとスケアクロウは、ニーナを薬の受け取り先へ送り届けてもらうという依頼内容の変更だった。
しぶしぶという形ではあったがカズトとコンチェルトはこの内容に合意し、2機と3人で目的地を目指すこととなった。
「カズト、ニーナちゃんが辛くならないように、加速や減速、振動に気をつけて操縦しなさいよ」
そう言うと、コンチェルトは通信をきった。
流石に、3回も続いたので次はせめて時間を置いてから連絡を貰いたいものだとカズトは口に出さず、溜息をついた。
しかし、そうは言うものの、コンチェルトの通るコースはなるべく一定の速度で進行できるように気配りがされていた。
おそらく普段の操縦時もそのような細かな部分にも気を配っているのだろうとカズトは感じていた。
だからこそ、「へんな癖をつけられては困る」という言葉につながるのが理解できる。
最大限戦闘を有利に進めるための気配り、それは、己の手足となるストライカー・ギアへの配慮と言える。
ストライカー・ギアの操縦者としての質の違いを見せ付けられているようだった。
ふと、ロム兄さんもそうした細かいこに注意していたことを思い出す。
大兄は、名の売れた用心棒をストライカー・ギアでやっていた。
一番上の姉は、そんな危ないことは止めてとロム兄さんに言って、よく口論になっていた。
実際、危険な分、用心棒の稼ぎは実入りが良かった。
ただし、常時用心棒をしていたのではなくて、声がかかったときのみの臨時雇いだったので、畑仕事をしていた時間のほうが長かったとは思う。
ふと、大兄はどんな気持ちで用心棒として敵を倒していたのか聞いてみたくなった。
その願いはもう叶わないが。
「カズトさん、どうしたんですか?」
ふと、後ろからニーナに声をかけられて我に返る。
ニーナは、普段のスケアクロウなら電子機器類が収められている空間に、即席で座席を用意して座っている。
どうやら、先ほどから声をかけられていたらしい。
「悪い、少し、考えてた」
「何を考えてたんですか?」
「俺の兄弟のことだよ」
「へー、カズトさんも兄弟がいたんですね」
ニーナが会話に食いついてきた、どうやら流石に退屈をもてあましていたようだ。
気を利かせようとしたわけではないが、不思議とカズトは話を続けていた。
「上に姉さんが2人、兄さんが1人、弟と妹が1人だよ」
「わー、たくさんで楽しそう」
「そうだな、血はつながってなかったけど、本当の家族みたいだったよ」
言ってしまってから、余計なことが混じったと思ったカズトはすぐ次の話に入った。
「上の姉さんが料理が上手なんだけど、下の姉さんは料理というか、包丁の使い方がすごくてさ、皮を剥いてるのか切ってるのか分かんないくらい」
ああ、そうだった、そうだったな。
話しながらカズトは、ずっとこんな風に自分の家族のことを誰かと話したかったんじゃないかと思っていた。
しかし、その感情は肯定できない。
今はまだ、肯定するわけには行かない。
あの、ストライカー・ギアをこの手で滅ぼすまでは。
貴重なお時間を頂きましてありがとうございます。
またお会いできましたらよろしくお願いします。