依頼内容その14:この手から零れ落ちた命たちへ
ドクター・マイヤーの治療を受けながらカズトはニーナの父親の話を聞いていた。
傷口の消毒等の外傷に対する手当は終わったが、頭を打った影響がないか少し時間をかけて確認する必要があり、本来ならそのための検査ができる施設で検査をすべきところではあるが、簡単な会話の受け答えでもある程度は確認ができるとドクター・マイヤーが話し始めたのだ。
「ニーナの母親アイナとニーナの父親フォリオはこの街で出会った。この街のことはあの子には伝えてなかったようじゃな。」
「爺さんは最初からニーナのことは知っていたのか?」
「まぁ、名前だけな。じゃが、すぐにわかったよ。幼いころのアイナによく似ている。」
「フォリアを見つけたのはアイナじゃった。」
そうしてドクター・マイヤーは、昔のことを懐かしむようにニーナの父フォリオと母アイナのことを語りだした。
アイナは子供のころから、どうしたらこの大地に栄養を与えられるかということを考えていたそうだ。
彼女は、実際に見たことはないが映像や旅人の話で聞く、色とりどりの花をいつかこの大地にたくさん咲かせたいとそう願っていた。
しかしながら、この町周辺では花の種を仕入れられる場所もない。
彼女は大きくなったらどこか大きな都市に出稼ぎに行って花の育て方や花の種を手に入れるのだと、町の人々の手伝いをしながら元気に過ごしていたそうだ。
ある日、町の近くで大きな戦闘が起きた。
地理的にロストグランドの北部を支配下としているネイション寄りのこの地域は、南部を支配下としているソシエートからの攻撃に備え部隊が配備されている。
そのため、ソシエート側は傭兵などを雇って町への補給物資などを狙わせたり直接的な方法はそれまで取ってこなかった。
しかし、その日は違った。
傭兵ではなく両陣営の正規部隊が突然戦闘を開始したのだ。
あまりにも長い戦闘継続時間、次々と送り込まれていく増援部隊。
激しさを増す戦闘。
やがて、戦場がこの町の近くまで来たとき。
そこに、その男は現れた。
白いカラスのマークをしたその機体を駆り、次々と襲い掛かる敵を薙ぎ払っていく。
そして、たった1機にネイションとソシエートの部隊は壊滅されその戦闘は終わった。
それから、これ以上の増援はないと判断し、その機体のパイロットつまりアイナの夫になってニーナの父親となる男、フォリオはこの町までやってきた。
金は払うので、飯と寝るところと機体の調整をさせてほしいとのことだったそうだ。
それについてドクター・マイヤーや人々は町の恩人でもあるし受け入れることに承諾した。
だがまぁ、受け入れると言っても小さな町で自分たちだけの生活で精いっぱいだ。
宿泊施設のようなものはなく、ドクター・マイヤーが彼の家で寝泊まりしてもらう事を提案し、フォリオもそれでいいと話はまとまるところだった。
ところが、そこにニーナが自分の家なら父も母も亡くなって部屋が空いているし、それなりに料理も作れるから自分の家を使ってほしいと申し出た。
「ちょっとまて、爺さん。あいや、ドクターまってくれ。」
「なんじゃ?」
「いやいや、それいくら何でもダメだろ? 町の恩人って言ってもどこの誰だかわからないような男を、女の子しかいない家に寝泊まりさせるって。」
「当り前じゃ!! あの時ワシがどれだけ反対したか!!」
「そうか、よかった。じゃ、結局ニーナの親父さんはドクターの家で寝泊まりしたんだな?」
「・・・」
「ドクター・・・?」
「アイナに押し切られた・・・、その、あの当時、わしも忙しくてな、自分の身の回りが何一つできない人に恩人の方のお世話ができると思えませんとな」
「それで、ニーナの母親の申し出に許可を?」
「ワシは、どうしてもアイナには強く出れんくてな、あの子の両親を助けられんかった。配給物資を狙ったゴロツキどもとの戦闘に巻き込まれて、二人は物資を守り切ってくれたというのにな・・・。あの子にどうしてもと言われてしまうとな。」
そうして、アイナとフォリオの暮らしが始まり、アイナからこの町の状況を聞いたフォリオはこの町を守るために自分の力を役立てたいと申し出てくれた。
具体的には、フォリオの傭兵仲間に声をかけ集め、数年をかけて町の自警団の強化と体制作りをおこなった。
その一環で、この前のような大規模な戦闘が行われた場合に備えて地下へ逃げる施設を用意しようという話になり、ストライカーギアのレーダーを使って地下を詳細に調査した結果、例の施設が見つかって自分達のストライカーギアの整備も可能そうだとわかり、今度は整備のための人員を連れてきた。
「その後じゃな、フォリオが少し町を留守にすると言ってどこかへ行ってなぁ。当然、アイナにも伝えていたと思ったんじゃが、あのバカ者はアイナには何も伝えずに出ていきよった。」
「えっ、爺さん、まさか、帰ってこなかったんじゃ・・・」
カズトはゴクリと唾をのむ。
ドクター・マイヤーは何とも嫌な間を置いて続きを話した。
「帰ってきよったよ・・・、アイナへのたくさんの種類の花の種とプロポーズの言葉と一緒にな」
「な、なんてキザな野郎だ! ぶん殴りてぇ!!」
「それはワシも同感じゃ。実際アイナにはグーで殴られとった。」
「えっ・・・」
「まぁ、相手を思いっきり殴った後で、『そのプロポーズお受けします!』っていうあの子もあの子じゃったがなぁ」
ワシらはあのとき一体何を見せつけられたんじゃろうか・・・とドクター・マイヤーは小さくつぶやいた。
「それからまた数年して、もうワシらだけでもこの町を守っていけるようになった頃、アイナがニーナを身籠った。」
「あれ? それなら、なんでわざわざこの町から出ていったんだ?」
「ワシがこの町から離れることを勧めた。数年前までこの辺は幼児や子供が突然が死んでしまう病が流行っていてな。発症した数は少ないと言えるかもしれんが、もしものことがあってアイナの子を守れなかったら、わしはあの子の親になんと詫びてよいかわからん。そう考えた。ワシのために、ここから離れてくれとな。」
ニーナの母親は、条件を一つ提示しその話を受け入れたそうだ。
その条件というのが、きちんと部屋を掃除して朝昼晩の食事を食べ、夜はきちんと寝ること。
ドクター・マイヤーは、それをちゃんと履行しているそうだ。
ニーナの母親と父親の話はそこで終わった。
「ここからは、お前さんの話を聞かせてもらいたいんじゃが、よいかね?」
「俺の話? そろそろ戻ったほうがいいんじゃないのか」
「戻ったところで、飯を食って寝るだけじゃろう。まぁ、それも大変重要なことではあるが、皆のいるところでは話せないこともあるじゃろうしな。」
「俺の話なんか聞いても何にもなんないと思うけど」
「少し気になるんじゃよ、ブランからお前さんのことは少なからず聞いておったが、思っていたのとだいぶイメージが違ってなぁ。」
「どう違ったっていうんで?」
「もっとロクデナシもクズが来るもんだと思っていった。」
「へぇ~」
「冗談じゃよ」
「そーですか」
「何、ワシも、この町を守るためにデスペラードを雇ったことがあった。ストライカーギアにはストライカーギア。当然のことじゃろ?」
「そうだな。役に立たないヘボ傭兵でもつかまされたかい?」
「いや、腕は確かじゃったよ。しかしなぁ、戦いたいだけ、殺したいだけ、金を稼ぎたいだけ・・・まぁ、当然じゃが、危険すぎてな。」
「そりゃ、組織に属さず自分勝手に誰かを襲うか、組織に属して依頼という形で誰かを襲うかの違いしかないからなぁ。」
「お前さんは、そうではないとワシは思ったが違うかね?」
カズトがその問いに答えるまでに一瞬だけ時間があった。
それを口にするには覚悟を伴うような、聞かれたときにそう答えようと用意していた言葉を出すための準備動作のような一瞬。
「ああ、俺だって依頼を受けて他人を殺した。変わらねぇよただの人殺しだ。依頼を受ければやるさ。」
「そこじゃよ。お前さんは依頼で動くのはそうなんじゃろう、じゃが、受ける依頼の優先順位が他とは違う。」
「ブランのおしゃべりめ。」
「いや、あいつは何もしゃべってはおらん。過去の受諾依頼を見せてもらっただけじゃ。」
「いともたやすく行われる情報漏洩・・・」
「奴のパッシブスキルみたいなもんじゃな。組んだ相手を恨むといい。お前さんが受けているのは、一方的な攻撃を受けた依頼者への援助および救助の依頼、要人や輸送物資の護衛、新型兵器のテスト、危険兵器の破壊、こういった誰かの助けになることを優先的に選んでるようじゃな。逆に条件が良くても、暗殺、物資の強奪、施設の一方的な破壊、こういったものはよほどのことがない限り受け取らんし、失敗しとる。」
「たまたまだよ。」
「そういうことにしておこう。」
「それで、俺に何がききたいんだ。」
「この町の自警団に入る気はないかね?」
「おれが? ここで?」
「そうじゃ。戦力はいくらあってもいいからの。これはブランから推薦された話でもある。腕と心の良いデスペラードがいるとな。」
「断る。」
「まぁ、答えを急ぐな。お前さんに目的があってデスペラードをやっていることは聞いた。この町は今ではそこそこ人の流れがある。いろいろな情報を仕入れることもできよう。ネイションとソシエートの中間地点じゃ、必要に応じてどちらへも行くことができる。ストライカーギアの修理も可能じゃ。ここを拠点に活動をしてみてはどうかという事じゃよ。」
その申し出はカストにとっては願ってもないものであった。
しかし、それを受けるには、ここは温かすぎる。
ここまで運んでくれたトレーラーの運転手や、ツトム達に加勢に行ってくれた自警団のリーダー、街で見かけた人たち。
みんな、この世界で生きて生きるなら、その日を生きていくので大変なのに笑顔で活気にあふれていた。
まるで、姉さんたちや、ロム兄さん、弟と妹と過ごしていたあの時のようだった。
でも、自分はもうそこに居ていいとは思えない。
「どう言いつくろったところで、俺が殺してきたやつらにも家族が居たり友達が居たりしたんだ。そういうやつらの明日を奪ってきた以上、同じようにいつかは理不尽に殺されるべきなんだよ俺も。」
「バカを言うな。」
「医者やって人の命を救ってる爺さんには、わからねぇよ。」
「ふむ。ワシの半分も生きとらんような世間知らずがよく言う。」
「俺は家族を殺した黒いストライカーギアを追いかけるために、あいつに近づく情報を手に入れるためにこの仕事を始めた。そのくらいはブランが軽くしゃべったんだろ? 俺はあいつを殺して復讐できればそれでいいんだよ。」
「それが、自分も誰かに殺される理由にはならんじゃろう。」
「穏やかな生活を送ってもいい理由にもなんねぇよ。」
「頭の固いやつじゃなぁ。」
「誉め言葉として受け取っておく。用事はすんだんだから、ニーナのところに戻ろう。あの子と縁のある場所とはいえあの子はここのことを知ってるわけじゃないんだ、あまり一人にはしたくない。」
そう言うと、カズトは立ち上がる。
「それは、そうじゃな。お前さんも、おそろらく問題はないじゃろう。よし、戻るとしよう。」
ドクター・マイヤーは、再度必要な物が揃っているかを確認した。
診療所から出て、歩きながらカズトはドクター・マイヤー伝えた。
「誘ってくれたことは嬉しかったよ。でも、俺にも相棒がいるから一人では決められない。」
「…そうか。相棒を信じとるんじゃな。良いことじゃ。」
ドクター・マイヤーは今はそれでよかろうというような表情を見せた。
「さっき、お前さんはワシのことを『医者をやって命を救っている』といったが、少し勘違いがある。」
「ヤブ医者だったのか・・・?」
「ほっほっほ。言うのう。まぁ、あながち間違いでもないな。」
ドクター・マイヤーは立ち止まり、診療所の方へ顔を向けながら続けた。
「なに、簡単なことじゃよ。助けたられた命などこの両手で掬える水のように限られておる。この両手から零れて死なせてきた命の方がその何倍も多い。助けられない状態であれば、楽にしてやるほかなかった。ワシとてただの人殺しじゃよ。」
それから、ニーナの待つドクター・マイヤーの家に向けて歩きだす。
「これは、あくまでワシの考えではあるが、この両手から零れ落ちていった救うことのできなかった命たちに対して、何かできることがあるとしたらそれは少なくとも死ぬことではないじゃろうな。」
そう言うと、袋をカズトに渡した。
「ホレ、ちゃんと受け取らんか。」
カズトが中を確認すると、数種類の薬とそれぞれの薬を飲むタイミングなどが書かれた説明書が入っていた。
「これを無事に届けて、ニーナの弟が元気になるところを見届けなさい。」
「そこまでは、依頼に入ってなかったと思うけど。サービスしておく。」
「殺したことを気に病むのなら、まずは一つ命を救ってみるところから始めるといい。」
そう言うと、ドクター・マイヤーは歩き出した。
カズトは、先ほどまでドクター・マイヤーが見つめていた診療所をちらっとだけ見て、あの診療所でどれだけの命の終わりを直接見てきたんだろうか、と思う。
「一つ救えば、一つ生かしたことになるってのか? そんな簡単な話じゃないだろう・・・」
そんなプラスマイナスできるようなことであれるはずがない。
それは偽善と呼ばれる自分を納得させるための嘘の行為だと彼は反射的に思う。
だけど、一方で・・・
「それでも殺すよりは、だいぶマシだよな。」
と呟くのだった。




