第1章-5
5月になり、めぐに大きな転機が訪れた。あのラテンフュージョンの大ベテランである松岡直也グループからギタリストの和田アキラ氏が脱退、それだけなら彼女にまったく関係無いのだが、和田アキラ氏自身が後任の白羽の矢を立ててきたのだ。彼とは師匠である松原氏を通じて会ったことがあり、前にスタジオでジャムセッションをやったことから彼女の驚異的なプレイを知っていたのだった。
松岡氏が是非プレイを観たいということで松岡直也グループのナンバーを3曲指定し、5日後にグループ一同がスタジオに会した。これは平たく言えばオーディションということであった。
「えっ!このコがそうなの?」
ベースの高橋ゲタ夫は初めて見ためぐに驚きの声を上げた。以前からめぐの存在を知っていたドラムの石川は、
思っていた反応をしてくれたので腹を抱えて笑っていた。
「女性ギタリストって男勝りだって印象だけど、どう観ても普通のギャルって感じだもんな〜、ホントなの?」
と高橋は更に疑いの声を上げた。松岡は
「噂には聞いていたけどイメージしてたより美人だったんでビックリしたよ、いやこういう言い方したら失礼かも知れないけど」と明るく笑った。
とりあえず課題曲であった3曲をプレイすることとなったのだが、イントロが始まった時点で
松岡や高橋の顔は緩みっぱなし、まるでコンサートのノリのような熱いセッションプレイをしていった。
「いや〜、和田クンが後任に指名してきた訳が解かったよ、プレイスタイルが凄くバンドに馴染んでるね〜」
この言葉は松岡のOKサインの証だった。
「正式なバンドに加入することは初めてなので解らないことなどがあると思いますが宜しくお願いします!」
めぐはグループ全体に向かって深々と頭を下げ、晴れてグループの一員となった。
元々、松岡直也グループはライヴを頻繁に行う方では無かったので、7月よりレコーディングを開始することが、
彼女のグループでの初仕事となった。
レコーディングは1ヶ月で全て終え、年末までにミキシングを終えて発売するという予定だった。
10月になり、まだ彼女が参加したアルバムは発売されていなかったのだが、六本木のSTB139スイートベイジルにてライヴを行なった。
古くからの松岡直也グループファンは女性ギタリストを加入させたということで興味津々、日本各地から集まった。
ファンの中には前任が和田アキラという、とてつもないトップギタリストが在籍していたので危惧する者も多くいたのは事実であるが、オープニング曲が終わる頃には完全にそれは払拭されていた。
傑作だったのは始まってすぐの高橋のMCで、
「最初、彼女を見た時は、和田が俺たちのグループをモー娘化しようと思っているんじゃないかと思ったよ」
と言う言葉で、観客は大爆笑の渦だった。
何はともあれファンには好意的に受け入れられ、暮れに発売されたニューアルバムも問題無く売れた。
しかしジャズフュージョンというカテゴリーが限られた人間の聴く音楽だということで、
世間一般の認知度でいけばまだまだだった。