第1章-13
メンバーやマネージメント一行と東京駅で落ち合っためぐは一路京都へ。
機材類の大部分は昨日運搬トラックで東京を後にし、めぐのギターなどは先ほど運ばれていった。
メンバーはイギリス紳士らしく列車内でも景色を眺めたり雑誌を読んだりしていたが、
ブルースだけはめぐに強い関心を持って、いろいろと質問してきた。
京都に到着し開場入り、すぐリハーサルのスタンバイで、初めての大きなホールでの
ライヴにめぐは身体がすくむ思いだった。一通り曲を演奏し、全ての曲で完璧な仕上がりに
リーダーのスティーヴは満足そうな表情を浮かべた。ヤニックやニコも楽しそうだった。
リハ終了後に高橋の約束通り、衣装が到着していた。めぐは楽屋で衣装を見てビックリ!
それはミニスカートのメイドルックに、もう1着はレザーのボンテージだった。
{えっ、こんなの着てやるの・・・}
めぐは絶句したが、これ以外選択の余地が無かったので、とりあえず試着だけは済ませた。
ライヴは超満員、観客は事前に開場前の張り紙でデイヴの急病を知らされ、驚いた様子だったが、
代理のギタリストが聞いたことの無い日本人で、しかも女性ということがもっと驚きだった。
音楽が消え、あたりが暗くなった瞬間に観客は総立ちの凄い歓声!
お馴染みとなった爆撃機のけたたましい音が鳴り響き、チャーチル首相のスピーチが!
もうオーディエンスは狂わんばかりの熱狂の中、「撃墜王の孤独」がスタートした。
ステージ両側にセットされた階段から、駆け下りるメンバー。右はスティーヴ・ハリスと
ヤニック・ガーズ、そして左側からはメイドのコスチュームを着ためぐが弾きながら降りてくる。
めぐ側である左側のオーディエンスは、驚きもあったが熱狂的に迎え入れてくれた。
ヤニックとのピッタリ息のあったツインギターは会場内を興奮させ、そして大いに驚かせた。
コンサート終了後、ヤニックはめぐとハグし、それにブルースが覆い被さって言った。
「こんなに素晴らしい演奏が出来るなんて思ってもみなかった。MTVで全米を驚かせてやろうぜ!」
スティーヴは「Ms.めぐ、君に1つ注文がある。君には個性があるはずだし、もっと技術が
あるはずだ。デイヴの完全コピーにこだわらなくてイイから自分なりに弾けよ!」
場を共にしていた通訳を通して聞いた、思ってもみなかったスティーヴの助言に、
「私の好きなアイアン・メイデンのイメージを崩さない程度に自分なりに弾かせてもらいます!」
そう言って満足そうな笑みを浮かべた。
翌日の大阪フェスティバルホールでのライヴは、めぐの超高速プレイが随所に登場し、
前日に引き続き超満員のオーディエンスよりも驚いたのが、他でも無いメンバー自身だった。
1日挟んだ2日後は福岡サンパレスホール、また2日後、いよいよ日本武道館の2デイズとなった。
MTVの全米生中継は失敗が許されない。念のため、初日のライヴを全て録画して、
万が一最終日の公演が機器の不調で衛星中継が出来ない時は、録画映像を流す段取りであった。
MTVクルーはリハーサルを観て驚愕した。突然のアクシデントでギターが1人となり、
日本人ギタリストが急遽代役を。突然出来るはずも無い難易度の高い曲を次々と弾きこなすのが
きゃしゃな女性だというのが目の前で観ても信じられなかった。
リハが終わってMTVクルーがメンバーに駆け寄る。撮影を仕切るチーフは女性だった。
「アンビリーバブル!アナタ凄いわねぇ〜!私はキャシー、2日間だけど宜しく!」
彼女の目には、めぐしか映って無く、クルーと最初は代役ギタリストはなるべく映さない方向でと
段取りしていたのだが、リハを見て予定を大幅に変更した。
日本武道館公演の初日は問題無く大成功、そして2日目、いよいよ全米のテレビに
めぐの雄姿が映る大舞台となった。MTVクルーは最初にして最後の変則的なメンバーでの
アイアン・メイデンをリアルに撮影し、中でもめぐを大きくクローズアップさせた。
全米とはいえ、MTVを観ている人口は少ないが、プロミュージシャンも多くチェックしており、
観ていた者は腰を抜かすほど驚いたに違いない。その証拠に視聴率は最初より徐々に
上がっていき、ペイパービューである番組は予想を上回る高収入を上げた。
アメリカ本土より日本での撮影クルーに終了後、それが伝えられると、チーフのキャシーをはじめ、
全員が狂喜乱舞しメンバーに感謝した。とりわけめぐはもうトップスター扱いだった。
ミュージックジャーナル誌の矢野はというと、彼は最前列の中央で見るめぐの雄姿に
感動し涙さえ浮かべて観ていた。もう自分の手の届かない所に彼女はいるんだという気さえした。
全てが終わり空港で、めぐはメンバーにお別れをした。ブルースは何故か号泣し、
いつまでもめぐの手を両手で握り締め離さなかった。入院中は武道館公演の前に
メンバー全員&めぐで見舞いに行ったデイヴも今は自分の足で歩けるようになり、
「今度オレとツインでプレイしようぜ。ジミヘンとお前だけだぜ、オレが認めるのは!」
スティーヴは「君はもう6人目のアイアン・メイデンだね!」
最高の賛辞にめぐもブルース同様号泣してしまった。本当に良いジェントルマン達だった。