第1章-11
いよいよ10月に入り、待望のアイアン・メイデンが来日した。ヘヴィ・メタルという
ことで狭いカテゴリーではあるが、熱狂的なファンが多いカリスマ的存在のバンドだ。
めぐは松岡直也グループでレコーディングしたソースを部分的に弾き直したり、
リミックスに立ち会ったり、ライフワークであるCMミュージックの録音と、なかなか
多忙な日々を送っていた。しかし10月20日の武道館公演の日だけはスケジュールを
空けて待機していた。アイアン・メイデンの初日は7日の京都公演となっていた。
いつもの六本木スタジオからの帰りに女将の手料理を食べようと、店の戸を開けると女将が、
「めぐちゃん!有働さんからさっき電話があって、めぐちゃんが来たら待っててくれって!
相当あわててたみたいよ!何かあったのかしら。。。」
めぐは少し胸騒ぎを覚えたが、私に何か関係あるのかなと疑問だらけだった。
1時間ほどして有働が店に現れた。有働はめぐの隣にあわてて座り、
「あのさ〜、めぐちゃん、落ち着いて聞いてほしいんだけど」
「は、はい。。。」
「実はアイアン・メイデンのことなんだけど、ギタリストの1人のデイヴ・マーレイが
来日してすぐ腹痛を訴えて病院に担ぎ込まれたんだ。診察の結果、急性盲腸炎で10日間は
動けないらしいよ。つまり来日公演に穴が空いてしまうんだ」
「そ、それはたいへんなことですね。来日公演がキャンセルってことですか?」
「それがさ〜、君が観に行く予定になっている武道館公演はアメリカのMTVが協賛していて
全米に同時生中継されることになっているんだ。キャンセルすると公演の損失どころか
MTV側に莫大な損害賠償を払わなければならなくなるんだよ。僕としても大損なんだが。。。」
「それって凄くたいへんなことですよね。どうしたら回避出来るんですか」
「方法のひとつは残る4人だけで演奏する。ツインギターが売りなんだけど、演らないよりは
マシだってことだよ。これで今メンバーとマネージャーが話し合っている。もう1つは
誰かギタリストを急遽用意するんだよ。あさってからの京都公演から弾ける人間をね」
「えっ!」めぐは有働の言わんとしていることを大体察知した。
「そう、君にこれが出来るか確認しにきたんだ。いや、どうしてもやってもらいたいんだ」
有働の顔つきは、これまで見たことの無い必死の形相であった。これを見ても事態の深刻さは
伺えて、前で聞いていた女将も心配そうな顔つきになっていた。
「あさってからの京都公演からですね。何とかベストを尽くしますけどメンバーは
受け入れてくれるのですか?突然私が行って、その。。。」
「それは僕が説得するよ。ありがとう!君ならそう言ってくれると思ったよ!」
「それで私はどうしたら良いのですか?」
「とりあえず、今からホテルへ行ってライヴのテープをもらってくる。それを聴いて練習して欲しいんだ」
そう言ってとりあえず明日朝にウドー音楽事務所に来て欲しいということで、有働は
あわてて店を飛び出した。
翌朝、めぐはウドー音楽事務所に顔を出すと有働はもう出社していた。と言うよりは
徹夜状態だったらしい。憔悴しきった表情を笑顔に変えてめぐを出迎えてくれた。
「彼らに代役ギタリストの話をしてテープをもらってきたよ。但し、今日の夜スタジオで
一度試したいらしいんだ。3曲指定を聞いてきたから、とりあえずそれを重点的にやってほしい」
「でも明日、京都公演でしょ?」めぐはあまりのタイトなスケジュールに驚いた。
「そうなんだ。こればかりはどうしようもない。もし間に合わなかったら京都は4人で
やるということで向こうは考えている。僕としては明日から演ってほしいんだけど」
「わかりました。さっそく帰って練習します。仕事もキャンセルを入れておきます」
「ありがとう。ホントに感謝するよ。これが成功したら君には足向けて眠むれんな」
「まだ私が出来るかということと、メイデン側が受け入れてくれるか解りません。
ちゃんと事が運ぶまで私も不安ですから。。。」
「とりあえず頼むよ。我が社の運命と僕のメンツがかかってるんだから」
「プレッシャーかけないでくださいよ〜」
めぐはテープを受け取って自宅に急いで向かった。めぐはアイアン・メイデンの曲は
聴いていて大体知っているのだが、2人のギター配分までは把握していなかったので
そちらの方を懸念していた。今から6〜7時間頑張るしか無いなと自身を奮い立たせていた。