第11話:バルガスの想い -3-
魔物の出ない穏やかな森の中を歩く。やがてシグレル村を囲む魔物除けの生垣が見えてきた辺りで、オウルとバルガスは一行から離れ、街道から少し離れた藪の間に野宿の準備をした。
「あそこにもまた番人を置かせた方がいいな」
放置されたままの番人の詰め所を遠くから眺めながら、バルガスが言った。
「村の者にそう忠告してやってくれ」
「必要ありませんよ」
アベルが口をとがらせる。
「何しろ! 三等神官であるこの私が、秘伝の魔物除けの封印を直々に行うのですからな」
バルガスは苦笑した。
「君の実力は身にしみて理解しているが。まあ、村を脅かすものは魔物だけではない。例えば人間の盗賊団などにはあの神言は無力だと思うが? そうではないかね」
「まあ、それはそうですが」
アベルは多少不服そうに認めた。
「しかし闇の魔術師であるあなたが、なぜそんなことを気にするのです」
「これでも人の子でね。生まれ育った村に多少の情はある」
バルガスは肩をすくめた。
「まあ、いいじゃん。村の人にはお世話になったし、そのくらいの忠告はオレからもするよ」
ロハスが言った。
「盗賊は怖いからねえ。商売の敵だよ。円滑な商取引を安心して行うために、アイツらは徹底的に撲滅されないとねえ」
しきりにうなずいている。
「じゃ、オレたちは村でかわいい女の子においしいものやうまい酒を給仕してもらってのんびりしてくるけど! 二人はそこで味気ない携帯食料でもかじっててね! アベルの魔力だと村の四方に封印するのに二日くらいかかるから、まあケンカしないで仲良くやっててね~」
そう言って、ティンラッドとアベルと共に野営地を去るロハスの後姿を見て。
(アイツ、そのうちシメる)
とオウルは思った。
そうして魔術師二人が取り残された。
おしゃべりなロハスと何かと騒ぎの元であるアベルがいなくなると、お互いにさして話すこともない。
オウルは焚火の前に座り、夕食の下準備を始めた。このパーティーではなぜか調理役はオウルかロハスのどちらかである。アベルに食材を触らせる気には何となくならないし、ティンラッドは無頓着だし、バルガスは……どうもやる気も興味もなさそうである。
自分の方が古株なのに何でこんな雑用みたいなことを、と思わないでもないが。
砦のバルガスの部屋にあった食材を思い出すと、少しでもマシな物を食べたければ自分でやるのが確実だという気もする。何だかわからない物を腹におさめたいと思うほど、オウルは粗雑に出来ていない。
バルガスは自分の薬草の整理や魔術用具の手入れなどを勝手に行っていたが、ふとオウルが傍らに置いている月桂樹の杖に目を留めた。
「月桂樹か」
低い声に揶揄するような響きが混じる。
「その紋様。サルバール師の塔の出か」
オウルはびくりと肩を震わせる。それから、ゆっくりと振り返った。
「そうだ。何か悪いか」
バルガスは人の悪い笑みを浮かべていた。
「別に。私は何も言ってはおらんよ」
オウルはまた背中を向けた。
「言っておくがな。サルバール様にかけられた嫌疑は根も葉もないことなんだ。信じようが信じまいが勝手だが、門下生は皆あの方の無実を知っている。このパーティでうまくやっていきたかったら、俺の前であの方を誹謗するようなことは口にするなよ」
ぶっきらぼうに言う。
バルガスは唇を歪めた。
「サルバール師は闇の魔術に身を落とした罪で糾弾された。無罪を証明できなかった師は自ら命を絶たれ、塔は閉鎖されたのだったな」
オウルが振り返る。灰色の目が激しい怒りに燃えてバルガスをにらみつける。
「あの方はそんなことはしていなかった」
挑みかかるような口調。
「すべて冤罪だ。誰かに陥れられたんだ」
「知っている」
静かな声がそう言った。
「その通りだ。サルバール師は陥れられた。それは私もよく知っている」
嘲笑する形に唇の端が上がる。
「今や闇に身を落とした私が保証する」
しばらく沈黙が落ちた。
オウルは相手の真意をはかるように、バルガスの無表情な顔をじっと見つめていた。
そして言った。
「何で……って聞いても、アンタは答えないんだろうな」
バルガスは肯定するように黙ったまま嗤った。
オウルは肩を落とし元通り背中を丸め、また火の方に体を向けた。
「まったく、難儀な御仁だぜ。言いたいことだけ言って、こっちから聞くのはご法度。そういうのズルいんじゃないですかね、先達」
魔術師の塔の若い魔術師たちが年長の徒弟魔術師を呼ぶ言い方で、不機嫌に言う。
バルガスは答えなかった。