第10話:アベルの使命 -6-
試しにやってみろ、という話になった。
魔犬のいる通路を横切り、隠し通路に入る。その裏側に描いてある紋章で試してみることになった。
「これはもう力を失っているからな」
バルガスが言った。
「再び力を宿らせることが出来ると言うなら、是非やってみてもらいたい」
その言い方が『出来るものならやってみろ』という風に聞こえるのは、バルガスの人徳と言うべきか。
「では、御覧に入れましょう」
そして、そんなバルガスの口調に全く無頓着なアベル。腕まくりして意気揚々と紋章に向かう。
「これはですな。描き順も重要な要素なのです。描き方を間違えると正しく発動しません。ええと、どこからだったかな」
描かれた紋章を眺め首をひねる。そのまま考え込んでしまった。
「左上ではないのかね」
バルガスが口をはさんだ。
「はい?」
アベルが顔を上げる。バルガスは仕方なさそうに紋章の一点を指さして見せた。
「この辺りが描きはじめに見えるが」
「おお、なるほど! 確かに!」
アベルは俄然、元気を取り戻した。
「そうでした、そうでした! ここから描きはじめるのです。こうして、こう、こう」
そこからは思い出したのか、軽い動きで紋章をなぞっていく。
その合間合間に腕を上げたり振り回したり足を踏み鳴らしたり、珍妙な動作がはさまる。
「えーっと。アベル。それ、何やってんの」
ロハスが呆れて訊ねる。
「お静かに。これは重要な要素です」
アベルが真面目くさって言った。
「陣の描いた効果を高めるのです」
そうこうしているうちにアベルは紋章をなぞり終わった。
「では、いきますぞ! パップンポルテ! トッポリーナ! プラポンタ!」
珍妙な動きとともに、アベルの両手に光が集まっていく。そしてその背後にルーレットが出現した。
「どうやっても出るんだな、これ」
「ホント、やめて欲しいよね」
ぼやく二人の言葉には無関係に、『1』のマス目が輝いた。
「む。1ですか。残念でしたな」
不服そうにルーレットを眺めるアベルに、
「残念じゃない、残念じゃない」
とオウルは苦々しい口調で言った。
「それで十分なんだよ。神官の使う術に賭博要素なんかいらねえんだ!」
「お得感が必要だと思いますがなあ」
呟きながらアベルは両手を振り下ろし、
「神の名のもとに! 今、力を発揮せよ!」
と叫んだ。
アベルの全身から飛び出した光が、扉に描かれた紋章に吸い込まれる。紋章は一瞬激しく輝いてから、脈打つように明滅し始めた。
「なるほど。機能している」
バルガスが半分驚いたように、半分莫迦にしたような声音で言った。
「大したものだ」
「当然ですな。私は大神殿に派遣された特使なのですから」
そしてバルガスの皮肉がまったく効かないアベルは、ある意味最強なのかもしれないとオウルは思った。
「スゴイな、アベルちゃん。ただの妖怪じゃなかったんだね」
驚くロハス。本音が口から出ている。
「もちろんですとも。さあ、これからはこの力でどんどん悩める人々を救いますぞ!」
調子に乗っているアベル。
「もう寝ないか」
どうでも良さそうなティンラッド。
ぞろぞろと狭い通路を歩いて元の部屋に戻る時、
「もって三か月というところか」
と紋章を眺めて呟くバルガスの声を、オウルは聞いた気がした。