第10話:アベルの使命 -5-
「気は済んだか?」
ティンラッドは静かに尋ねた。バルガスは返事をしなかった。
オウルは砕かれた床を眺めた。固い石畳にはいくつもの亀裂が入り、魔法陣の描かれていた部分には大穴が開いていた。確かにバルガスは力のある魔術師である。
「おおおおお」
入口の方で奇声が聞こえた。
何かと思って振り向くと、扉に描かれた紋様を見つめながらアベルが大声を上げていた。
「今の稲光と共に、私は天啓に打たれましたぞ! そうです、これこそが私の使命!」
何言ってんだとオウルは思った。本当にアベルときたら何をやり出すか予想がつかない。
「あのな。何を思いついたんだか知らねえが、うるせぇよ、アンタ」
声をかけたオウルを、アベルはキッとにらみ、
「思いついたのではありません。思い出したのです」
と言った。
「はあ? 思い出したって、何を」
「だから私の使命です。大神殿の一等神官、ソラベル様から授けられた我が使命」
熱を込めてしゃべるアベルの口から唾が飛んでくるので、オウルはあわててよけた。
「そう言えば、前に何だか言ってたね」
ロハスが首をかしげる。
「使命があって大神殿を出たんだとか何とか」
「そうだったな」
言われてオウルも思い出した。てっきり大神殿を追放にでもなったのを隠すための口実かと思っていたのだが。
「大神殿の次の街でいきなりバクチにハマって放り出したっていう、あの使命とやらか」
「その言い方は語弊がありますぞ、オウル殿。私は欲と悪にまみれる人々を自分の全てをなげうって救済しようと努めたのですが、力足りず失敗してしまっただけなのです」
何だか言っているが全力で流す。
「で? それが何なんだよ」
イライラしながらオウルは聞いた。
「だから、これです」
アベルは扉を叩いた。
「何だよ」
「これですってば」
もう一度、アベルは扉を示した。
「この紋様です。私はこれを世界に広めるため大神殿を離れ、広い世の中に出てきたのです。魔物を遠ざける効力のあるこの紋様の力で、苦しむ人々を救うために」
「はい?」
ロハスがぽかんと口を開けた。
「魔物を遠ざける? そんなことが出来るの?」
「できます」
アベルは断言した。
「そのための神言も私は身に付けています。修行しましたからな」
「ホントかよ」
オウルは眉間にしわを寄せた。
「ホントですとも」
疑われるのが心外だと言いたげに、アベルが振り返る。
「私の神言の力をもってすれば! 恐ろしい魔物から人々の暮らしを守ることが出来るのです!」
バルガスが訝しむように片眉を上げた。
「神殿はそんなことをやっているのかね。君以外にその使命を帯びた者はいるのか?」
「おりませんよ」
アベルは胸を張った。
「これは私ひとりに託された特別の使命なのですから。私はこの混沌の世を救うために神殿が遣わした切り札なのですよ」
そんな彼を眺めてオウルとロハスが思うことは、
「つうか、そんな使命を帯びて神殿を出たのに今まで忘れ去ってたのかよ」
「サイテーだね」
それに尽きるのであった。