第10話:アベルの使命 -2-
料理はオウルの警告通り、大してうまくはなかった。この顔ぶれで黙って固いパンをかじるよりは温かい分マシ、という程度である。焼いた林檎だけは甘みが出てごちそうになっていた。
「にしてもさあ、見事に男ばっかりだよね、うちのパーティ」
固い肉をかじりながら、ロハスがヤレヤレと首を振る。
「船長、次は女の子入れようよ。若くてかわいくて、料理上手で癒し系で、疲れて帰ってくるとニッコリ笑って気遣ってくれるような」
「良いですなあ。女性の気遣いは必要ですな」
アベルがうなずく。
「私もぜひ女性の参加を求めたいですな。色っぽくてちょっとイヤらしいことが好きだったりするとなおのこと結構です」
一気に話が下ネタに落ち、オウルはガックリする。
「いやオレは清純な方が萌える……じゃなくて」
ロハスもあわてて話を方向転換させようとする。
「あくまで旅の仲間としての話だよ、ウン」
「いやいや。しかし大切なことですぞ」
下ネタにこだわるアベル。つくづく神官としての適性に欠けているような気がする。
「どっちにしても、そんな女ども足手まといにしかならねえよ」
オウルは吐き捨てるように言った。ロハスの言う家庭的な女も、アベルの思い描く男好きそうな女も、魔王を倒す旅路には向きそうもない。
「えー。夢を持ったっていいじゃん」
「そうですぞ。希望を持つことは大切です」
そして、どうしてコイツらこんなに息が合っているのか。とてもイライラするオウルであった。
「吟遊詩人の物語には美しくカッコいい女戦士とか出てきますからなあ。色っぽい女戦士を求めても良いと思うのです」
どうしてもアベルのイメージはそこから離れないらしい。
「そうだよねえ。めちゃくちゃ強いけど、素顔は気の弱い女の子だったりしたら萌えるよねえ」
女性の好みは違うようだが、話だけは合っている。ロハスの顔は幸せそうだ。
「いるか、そんな都合のいい女」
オウルはうまくもない肉入りパンがゆをガバガバと食べた。
「女戦士なんか夢物語だよ。戦いになったら男の方が力が強いんだ。それなのに、わざわざ戦士になって死ぬようなことを選ぶバカな女はいねえだろ」
「ホント、夢がないなあ。オウルは」
ロハスは恨めし気にオウルを見た。それから何かに気付いたように目を見開く。
「そうか。オウル、女のことで何か辛い目にあったんだね? 分かるよ。どう見てもモテそうにないもんね! 悪かったよ、もうお前の前で女の話はしないよ」
「そうだったのですか」
アベルがうなずく。
「大丈夫ですぞ、オウル殿。神は必ず全ての人に救いをもたらします。希望を持って生きていけば、きっといいことがあるでしょう」
「ちょっと待てえ! 何でそういう結論になるんだよっ?!」
オウルは憤慨して立ち上がった。
すると、眠そうな顔で食事をしていたティンラッドが口を開く。
「いるぞ、女戦士。前に私の船に乗っていたことがある」
おおっ!? と、ロハスとアベルが食いついた。オウルの怒りは完全に忘れ去られた。
「どんな、どんな? 船長、その人、美人だった?」
「年のころはどのくらいですかな。胸回りなどは」
「そうだな。胸囲はかなりあっただろう」
ティンラッドが言うと、二人は『うおおおお』と奇声を上げてもりあがる。
「名前はローズマリー」
ティンラッドは続けた。
「年は知らないが、まあ三十前ではあったようだな。結婚をすると言って船を降りた」
「うおおおお。うら若き乙女」
「船長殿と恋愛などはなかったのですか」
「ふむ。特にそういう興味は起きなかったな」
ティンラッドは首をかしげる。
「金髪を長く伸ばしていた。瞳の色は緑で、なかなか美しかったぞ」
「美貌の女剣士」
「夢いっぱいですなあ!」
「そして、その顔には歴戦の勇者であることを示す一文字の傷痕があり、彼女の力強さを強調していた」
その言葉で。
ロハスとアベルは『ん?』となる。
「背の高さは、そうだな。私より頭二つ大きかったか。肩幅も私より一回り広く、腕や脚は鍛え抜かれて並の打撃にはびくともしなかった。愛用の武器は鋼鉄の棍棒で、その一撃は船のマストをもへし折り」
「ちょっと待って! 違う! 船長、それ違う!」
「求めているのはそういう女戦士ではありませんぞお」
「何だ」
ティンラッドはきょとんとした。
「強い女戦士の話が聞きたいんじゃないのか、君たちは」
「ウン、そうなんだけどそうじゃない。そういうんじゃないんだよ、船長」
「そうです。その話には夢も希望もありませんぞ、船長殿」
ガックリと肩を落とす二人。
「にしても。よくその人と結婚しようという男が現れたな」
ロハスが呟く。
「そうですな。真の勇者ですぞ、その男は」
しきりにうなずくアベル。
その横でオウルはやけになって飯を食い。
バルガスも軽蔑したような表情を浮かべながら、黙って食事を続けていた。