第9話:砦の魔術師 -16-
「戯れ言を」
バルガスは目を見開いた。
「私は冗談は嫌いだ」
ティンラッドは言った。
「来たまえ」
すでに命令形である。
バルガスは乾いた哂いを吐いて、横を向く。
「殺せと言ったはずだ」
「いや。君は殺さん」
ティンラッドはなおも言う。
「いいか。これが私が勝者として君に命じることだ。私の仲間になって一緒に魔王を倒しに来なさい。断っても無理やり連れて行くぞ」
脅迫になった。
バルガスは黙ったままティンラッドの顔を見上げ、それから肩をすくめて問いかけた。
「ひどいものだ。この男はいつもこうなのか?」
「ああ」
目が合ったオウルは、こちらに聞かれていると察してそう答えた。
「いつもこうだよ。ひでえもんだ。残念だが、こうなったら誰にも止められないぜ」
ロハスが横で、うんうんとうなずいている。
バルガスはしばらくその様子を眺め、嘆息した。
「私にも私の事情がある。無理やり仲間になれと言われても、知っていることをしゃべりはしないぞ」
「別にかまわない」
ティンラッドはあっさり言った。
「それでいい」
バルガスはますます奇妙な顔をする。
「裏切るかもしれんぞ」
「そうか。好きにすればいい」
「そんな話があるか」
信じられないと言うようにバルガスは首を横に振り、後ろに立つ三人に目を向けた。
「君たちには異論はないのかね。彼は無茶を言っているとは思わないのか?」
「最初に言ったろう。このオッサンに言葉は通じないんだ。決めたらそれでオシマイなんだよ」
オウルは言った。
「うんうん。拒否権があるなら、オレもしっぽ巻いて逃げてる」
うなずくロハス。
「お二人ともご冗談を。私は船長殿に心服しておりますぞ。もちろん船長殿の決定なら何によらず従いますとも」
すかさずゴマをするアベル。
ティンラッドは言った。
「聞いてのとおりだ。誰も異存はないようだが」
「正気か」
バルガスは呟いた。
「今、敵として戦った私を信じると?」
それは、有り得ないものを見た人のような表情だった。
しばらく沈黙があってから、バルガスは笑った。それは苦さを含んでいたが、先ほどまでの嘲笑めいた笑みとは違っていた。
「いいだろう」
彼は静かに言った。
「君たちの正気は疑うが、他に選択肢がないとなれば是非もないな。誓いを込めた剣も折られた。敗者として勝者の意図に従おう」
「そうか」
ティンラッドはうなずいた。
「了承してくれて何よりだ」
「私は君たちの仲間として剣を取り、君たちの敵に対して杖をふるおう」
バルガスは言った。
「だがそれは、今この瞬間からだ。これより前の私のことについては、何を聞かれても答えない。それが条件だ。君たちが魔王のことを探る邪魔はせん。力が貸せることなら貸しもしよう。だが、今現在私が知っていることについては……君たちが自力でたどり着くまで、私の方から教えることは一切しない。それでいいか」
「ああ。構わん」
ティンラッドは言った。
「それでは、これで話は終わったようだな」
バルガスはびっしょりと濡れたローブをかき集めながら立ちあがった。
「着替えをさせてもらえるかな。……君たちにもそれが必要か」
黒い瞳が諧謔をこめて、四人を眺める。
「今度は賓客として我が棲み家にお招きしよう。何もないところだが、くつろいでくれたまえ」