第9話:砦の魔術師 -14-
「あ」
オウルとロハスの口から、同時にそんな音がもれた。
これはダメだ。瞬時にそう思った。
アベルがあの呪文……神言とやらで一度にどの程度の魔力を回復できるのかは分からないが、十やそこらの魔力は回復するはずだ。
それを、マイナス方向に八十一倍。いくらバルガスが人間を凌駕した魔力を持っていると言っても、これはいけない。
完全に魔力を奪われる。
明らかにバルガスも、自分に理不尽に降りかかってきた危険を理解していた。
この時、彼はティンラッドに対する防御を捨てた。黒檀の杖だけを構えて魔法防御を構築する呪文の詠唱に専念した。
だが、アベルの神言の方が早かった。
アベルの体から飛び出した金色に輝く光はバルガスが魔術で編み上げようとしている防御壁からも魔力を吸い上げそれを破壊し、闇の魔術師本人を包み込んだ。
バルガスの体が金色に輝く。魔術師の喉から叫び声が上がった。
光がおさまった時。
全員が目にしたものは、両手を屋上の煉瓦の上に突いて這いつくばったバルガスの姿だった。
魔力の気配はほぼ失われていた。
恐るべし『ビックリドッキリルーレット』。
恐るべしアベル。
彼らは今、『回復呪文が敵を倒す』という有り得べからざる事態を見届けた生き証人となったのである。
「む? 私はいったい、何を?」
バルガスが魔力を失ったことで混乱呪文の効果も切れたらしく、正気に戻ったアベルがきょとんとして辺りを見回す。
まあ、それはどうでもいいや。
と、オウルもロハスも思った。
「何か。すごいもん見たね」
「ああ」
ロハスの言葉に、オウルはうなずいた。
「あのさあ。なんかオレ、ちょっとあの人がカワイソウになってきたんだけど」
ロハスの目はひざまずいたまま動かないバルガスを見ている。
正直、オウルもそう思ったが。
世の中には口にしない方がいい優しさというものもあるのである。
魔術戦なら圧倒的に優位だった。
なのに、成功したはずの混乱呪文がこんな結果を導き出すとは。
幸運値最高。侮りがたし!
「アベル……。恐ろしい男だ」
つぶやくロハス。
「違う」
オウルは苦々しく言った。
「こういうのは『味方にしたらいけないヤツ』と言うんだ」
魔力を根こそぎ奪われた衝撃からいくらか回復したのか。
バルガスが肩で息をしながらよろよろと立ちあがった。
その前に長身の影が立った。
「どうやら君にとって不本意な結果になったようだが。どうする、続けるか?」
ティンラッドは静かに尋ねた。
バルガスはやつれた顔で、かすかに微笑った。