第9話:砦の魔術師 -13-
オウルは、焦点の合わない目でぼんやりと立っているアベルの後ろにじりじりと近付いた。
その時、アベルが吠えた。
「神の力で、全てを薙ぎ倒す……。凡庸な一般人どもは、我が足下にひれ伏し、神殿の力の前にひざまずくが良い。私の最終奥義……神言が、全ての悪を倒すのだあ」
その両手に再び光が宿る。
「うわあ。何か、言ってるよ」
ロハスが呆れた口調で言った。
「何か、もうさあ。アベルが魔王ってことで良くない?」
そうしたい。心の底からそうしたい。
オウルも思ったが、今はそれどころではない。
これ以上、敵を回復させる前に止めなくては。
オウルは舌打ちして、アベルに向かって飛びかかった。
だが混乱している相手は予想外の強さを発揮した。何とかに刃物というヤツである。
理性のタガがはずれた神官は力任せに腕を振り回し、小柄な魔術師を跳ね飛ばした。
オウルは吹き飛ばされて水たまりに倒れ込んだ。
「私の前に立ちはだかるか、悪魔よ。しかし無駄だ。私は神に仕える三等神官!」
アベルが叫ぶ。その背後に巨大なルーレットが出現する。
もうそれはいいよとオウルもロハスも思った。
「神言・ポンゴルン!」
ルーレットが回り始めた。更に敵の魔力を回復してどうする気だ、と思いながらルーレットを見ていたオウルはとんでもないことに気付いて青ざめた。
盤上の数字が変化している。
『0』が二つ。『1』が二つ。『-1』が二つ。ここまではいい。
残りの数字が。
『3』、『9』、『-3』、『-9』。
先日ティンラッドに術をかけた時より、ずっと大きい数字が並んでいる。
「ちょ。何、コレ」
ロハスも気付いて、口をぽかんと開けた。
「オウル。コレ、ヤバくない?」
確認されなくてもヤバい。
オウルはそう思う。
今までの戦闘でバルガスがどれだけの魔力を使ったのかは分からないが。
もし『9』が出ようものなら、間違いなく全回復してしまうだろう。
「はああああ~~っ!!」
アベルの全身を光が包む。
そしてルーレットが停まり、マス目が輝いた。
その数字は『-9』だった。
「へ」
ロハスが、気の抜けた声を出した。
「マイナス……9?」
オウルも思わず口を開けてしまう。
アベルが『絶対に出ない』と自信ありげに言い切ったマイナスの数字。
それが今、頭上で煌々と輝いている。
「マイナスって。絶対出ないって言ってたよね?」
「ああ。言ってた」
ロハスの言葉にオウルはぼんやりと答える。
「出ちゃったね」
「ああ。出たな」
「どうなるんだろ?」
「さあ。知らねえ」
次の瞬間、アベルの全身から立ち上った光が虚空を横切りバルガスに命中した。
バルガスはうっと呻いて胸を押さえ、片膝をつく。
一瞬で相当の魔力が奪われたのに違いない。
「おっと。失敗しましたな」
アベルはアッサリと言った。
「しかし、ご心配なく! すぐに取り戻して見せますぞ。神言・ポンゴルン!」
アベルの体にみたび光が宿る。
そしてみたび空中にルーレットが出現する。
今度の数字は『0』が二つ、『1』、『-1』がそれぞれ一つずつ。そして残りは『3』、『-3』、『9』、『-9』、『81』、『-81』というとんでもないことになっていた。
「これ。まさか、前に出た数字を二乗していくのか」
オウルは愕然とした。
そうだとしたら『ビックリドッキリルーレット』は彼らが考えていた以上に危険な代物である。
というか。
なぜ、スキルの持ち主本人があんなに気楽にしていられるのか。
神経を疑ってしまうくらいの状況である。
「いや、まあ。アベルだからねえ」
まるでオウルの心を読んでいるかのようにロハスが呟いた。
思いは同じだったらしい。
心が通じ合っても、まったく嬉しくなかったが。
「うおおおお~~っ!」
アベルがまた奇声を上げる。
彼を包む光が強くなりルーレットの回転が止まった。
光ったマス目に記された数字は、『-81』だった。