第9話:砦の魔術師 -11-
その呪文も術構成も自分の知っているものとは違っていたが、相手が何を目的にしているかはオウルにも分かった。
「意識混乱呪文だ! 落ち着け!」
ロハスとアベルに向かって叫ぶ。
「自分をしっかり持っていれば意識を保てる。自分にとって大切なことを頭に浮かべて、集中しろ!」
そう言って自分自身もそれを実行する。彼が研究していた様々な事象について。物事に働きかける魔術の論理、術構成。そんなものに意識を集中する。
波が来た。
頭の中に手を突っ込まれ、かき回されるような感覚。
耐える。歯を食いしばる。魔術理論に意識を集中する。
「一ニクル貨が百枚で一シル。一シル貨が百枚で一ゴル。一ゴル貨が百枚あったら……百ゴル」
ロハスがブツブツ言っているのが聞こえる。
よりによってそれか。
と思ったが、気が散るので魔術理論に意識を戻そうとする。
しかしそれに代わってアベルの、
「神の力は広大にして普遍なり。この世を作りし神はこの世と同義なり。神の力を行使する神官は」
と教義問答らしきものを暗唱している声が耳に入ってくる。
ロハスよりはマシだが、しかし。
うるさい。集中できない。
コイツらどうしてくれるんだ、魔術師の自分が敵の混乱呪文なんかにやられたら立つ瀬がないじゃないかと苛立ちが沸々と湧き上がる。
しかし、そんなことを考えているうちに、オウルは自分を包む呪力が弱まっていくのを感じた。
どうやら仲間に対する怒りに集中しているうちに、敵の呪文をやり過ごすことが出来たらしい。
「おい。お前ら、もう大丈夫だ」
声をかける。
ロハスが顔を上げた。
「ニクル貨が九千九百九十九枚……って、ホント? もう大丈夫?」
「とりあえずはな」
何で、頭の中で金を数えているだけで敵の呪文を耐えきることが出来るのか。
正直、理解できないし理解したくもなかったが、とりあえず仲間が正気なのは良いことである。なので、もうツッコまない。
「アベル。大丈夫か」
まだブツブツ言っているアベルに声をかける。
「アベルちゃん。もう大丈夫だってさ」
ロハスも声を添えた。
「大丈夫……ですぞ……」
アベルが答えた。
「私は神に仕える三等神官……。魔術師などの呪文に、惑わされたりすることはないのです……」
ふらり。踏み出した足がぐらついた。
その動きに、オウルは厭な予感がした。
アベルの目の焦点が合っていない。その目はオウルたちのずっと先、どこか遠くを見ている。
口許は緩く開き、どこかぼんやりとした印象を受けた。
「アベル?」
訝しむような声が自分の喉から出る。
それが聞こえないかのようにアベルはブツブツと、先ほどまで教義問答を暗唱していたのと同じ平坦な調子でつぶやき続ける。
「私は……お役にたたなければ……そう……私の神言で……私は神に仕える三等神官……」
「ちょっと、オウル」
ものすごく厭そうな顔で、ロハスが声をかけた。
「アベルちゃん、様子おかしくない? って言うかさあ」
「言うな」
オウルはすかさず言った。
「聞きたくない」
「イヤ、見ないフリしても意味ないでしょうよ。コレ、かかってるよね。術に」
言いやがった。
オウルは苦い顔になる。出来ればそんなこと気付かないままでいたかったのに。だってアベルは元々オカシイではないか。
ちょっとくらいそのおかしさが増したところで何ということはない。ないはずだが。
……気付いてしまった以上、仕方がない。
「何で、よりによってコイツだけ術にかかるんだよ!」
気付かないフリをして誤魔化そうとしていたツッコミが全力で、オウルの喉から飛び出した。
「最高の幸運値はどうなった! そして神官が教義問答唱えてたのに敵の魔術師に混乱させられるってなんだ!! コイツにとっての神ってヤツはロハスの小銭以下の存在かよ?!」
そのツッコミに応えてくれる存在は、どこにもいないのであった。