第9話:砦の魔術師 -9-
「オウルー。何とかしてよ、痛いよ」
「痛いですぞお」
合唱する二人。マジうるせえ、とオウルは思った。
「うるせえな。そこのクサレ神官に回復してもらえばいいだろう」
とたんにロハスが真顔になる。
「ヤダ。絶対にヤダ」
「じゃあ、自分で薬草使って回復しとけ」
「ダメ」
きっぱりした答えが返ってくる。
「どうせ、この調子じゃまた攻撃されてケガするじゃない。そのたびに薬草を使うんじゃ効率が悪すぎる。終わった後にまとめて回復した方がムダがない」
まあ、ロハスの性格からして想定内の言葉ではあるが。
「だったら黙ってろ」
とオウルは言った。今、彼は忙しいのだ。この状況を少しでも好転させる方法を必死で考えている。
ティンラッドは風から顔をかばいながら、じりじりと距離を詰めている。
バルガスは直接戦闘では勝ち目がないと悟ってか、近付く彼を魔術で牽制する。
膠着状態に陥っているが、バルガスの異常な魔力値が問題だ。
バルガスの魔力はほぼ無尽蔵と評価していい。残念だが、魔力勝負になれば完全にオウルが負ける。
ティンラッドの魔斬も一度か二度が限界だろうし、アベルなんか話にならない。ロハスは魔力持ちだが魔力を使いこなす修行をしたことがないから、この際数には入らない。
この戦闘、魔術戦に限っては完全にバルガスが優位。
だが。オウルに魔力が残っているうちにティンラッドとの直接戦闘に持ち込めれば、分はある。
それなら。
ティンラッドが蒙る傷を少しでも軽くする。
彼のするべきことはそれだけだ。
「ロハス。水を持ってたな」
オウルは言った。
飲料用に、料理や体を清潔にするために。
旅の持ち物としてロハスはかなりの量の水を『何でも収納袋』に突っ込んでいるはずだ。
「まけ。ありったけだ」
「えー」
いつものごとく、ロハスが文句を並べ立てようとするが。
「すぐだ! 急げ、少しでもケガを減らしたいんならな!」
面倒くさいので、言われる前に言い返しておく。
それで状況を察したのか。厭そうな顔をしながら、ロハスが袋から水の入った瓶を引っ張り出す。
「よいしょ。アベル、手伝ってよ。これ、ふたを開けて中味を下にこぼして。あ、瓶はオレに返してね。また使うから」
「分かりました。このアベル、お役にたって見せましょうぞ」
何だかのんびりしている。オウルはイラッとしたが、言い合っている場合ではないので放っておくことにした。
水をこぼす音が響き、足元が少しずつ濡れていく。その中で彼はもう一度杖を構える。
「ペルハタナン・ケバカラン!」
魔力のひらめき。
一種の防具強化術だ。仲間の着けている衣服や防具の防燃性を上げた。
ちなみに、大きな焚火などをする時に有用な呪文である。
これで炎系の術に対しては生身の部分だけを守ればいいことになる。オウルの魔力が続く間の話だが。
「次は樽を行くぞー! しっかり持ってねアベル、絶対樽にひびを入れたりしないでよ!」
後ろで声がして、ひときわ大きな水音が響いた。
重点を置くところが違う。オウルはそう思ったが、面倒くさいからツッコまない。とにかく、やることをやっていてくれればいい。
「あと、三つー! よいしょお!」
掛け声が上がるたびに屋上は水浸しになっていく。
その間にオウルは次の術に入る準備をする。
「あと、二つー!」
いつも戦闘の時にかける術は、比較的大雑把で良かった。
効力が発動しさえすればいい。効果は強ければ強いほどよく微妙な調整など必要としない。
それはある意味、楽だった。加減などせず最大出力で魔力を放出すればいいのだから。
だが、今回に限ってはそうはいかない。
足元の水を見る。資源は限られている。
今、ロハスとアベルがばらまいている水が唯一の武器だ。なくなったら、それで最後だ。
だから万一にも失敗は許されない。
ティンラッドはバルガスに向かって切り込み、二人はまた刃を交わしていた。
その間に、頭の中で術式を組み立てる。細部まで細かく調整を続ける。
「最後! よいっしょお!」
掛け声とともに足元の水がまた少し量を増した。
広い屋上のかなりの部分が、歩くとぴちゃぴちゃと音を立てる程度に水浸しになっていた。
オウルは杖を掲げ、
「ローシェイ・ヨディアル!」
と叫んだ。