第9話:砦の魔術師 -7-
そこは、広々とした屋上になっていた。
眼下には森が広がり、シグレル村の煮炊きの煙も遠望することが出来た。
塔のてっぺんに一部屋だけ部屋があり、そこからティンラッドたちが出てきた。そういうことだったようだ。
そして、そこには一人の男が銃眼を背にして立っていた。年のころはティンラッドと同じか、もう少し上くらいだろうか。
黒い長い魔術師のローブをまとった長身の男だ。魔術師にしてはがっしりした骨組みの体格だった。
鋭さの目立つ顔立ちには、疲れが感じられた。
「ようこそ、と言うべきなのかな。不法侵入者の諸君」
彼は言った。
「不法も合法もないだろう。元からここは、無法の土地柄だと思うが」
ティンラッドはあっさりと返した。相手は哂った。
「他人の住居に無断で踏み込んでおいて、良く言う。それで? 君たちの目的は何かな」
「ああ。君に問いたいことがあって来た」
ティンラッドは穏やかに言った。
「私はティンラッド。職業は船長だ。今は、この世のどこかにいるという魔王を探して倒すため旅をしている。君は、バルガスという名の魔術師で相違ないか?」
「いかにも。私はバルガスだ」
相手は少し眉を上げ、ティンラッドをまじまじと見た。興味を引かれた様子だった。
「魔王を倒す? 本気か?」
「本気だ」
ティンラッドは言った。そして、聞いた。
「で? 君は、魔王か?」
沈黙があった。
それから。バルガスが哄笑した。
「魔王だと? 私が? この世のすべての魔物を統べると言われる魔王だと? は、これは傑作だ!」
ティンラッドは、相手の笑い声に表情ひとつ動かさなかった。
「私の質問に答えてもらっていないが?」
静かな問いかけに。バルガスは、笑いを止めた。
そして、同じく静かな声で答えた。
「違う」
ティンラッドはうなずいた。
「そうか。残念だ。では、魔王について何か知っていることがあれば教えてはもらえないか」
「すまんが、力にはなれそうもないな」
長身の魔術師は、冷笑を浮かべて答えた。
「しかし、君は魔物を自在に操ってこの砦を占拠しているそうじゃないか」
ティンラッドは追及をやめない。
「普通の人間にそんなことが出来るとは思えんな。君は魔物について何かを知っている。その知識が私たちには有用かもしれん。協力を願えんかな」
バルガスの沈鬱な顔が、嘲るように歪んだ。
「断る」
真っ黒な瞳が。ティンラッドの後ろに立つオウルに注がれる。
「お前は魔術師だな? この男に言ってやれ。魔術師というものは己の研究の成果を、そう容易く他人に教えることはしないということをな」
オウルは気圧された。しかし、黙っているのも腹立たしいので、虚勢を張って顎を上げた。
「悪いがなあ。そういうわけにはいかないんだ」
声が震えたのが、周りの仲間には分かったかもしれないが。それでも、精一杯声を出す。
「アンタ、うちの船長にまともな会話が通じると思うなよ。通じるんだったら、こんな面子でここまで来ねえよ」
我ながら、言っている内容が情けないと思ったが。
それくらいしか、言えることがなかった。
バルガスは太い眉を少し上げる。
それからまた、ティンラッドに視線を戻した。
「どうする? 私の返答は以上だが。おとなしく帰ってくれないかね」
「ここが通れないことで、村の人々は迷惑している様子だが」
ティンラッドは言った。
「ついでに、ここを昔のように通れるようにしてもらいたい」
「それも出来ぬな。私には私の理由があってここに住まっている」
バルガスは答えた。
「君の目的は、魔王を倒すことなのだろう。私がここで何をしようと関係ないはずではないか。それなら、このまま立ち去れば良かろう」
「そうでもない」
ティンラッドは。笑った。
「シグレル村の人には多少の恩もある。それに、君と魔王に何らかのつながりがあるのなら。君の企てをくじくことは、私の目的にもつながるだろう」
バルガスは、眉を寄せた。
「めちゃくちゃな理屈だな」
「そうかな」
ティンラッドは。刀を構え、相手に向ける。
「道を開けてもらえないのなら、力づくで開けてもらう」
海賊の理屈だ、とオウルは聞いていて思った。
やっぱり、このオッサン。海賊の船長だったのじゃないか。そう思わずにいられない。
バルガスも杖を取り出した。黒檀で出来た、大きくて重そうな杖だった。
「最後にひとつだけ問おう。何のため、魔王を倒そうとする」
「決まっている」
ティンラッドは言った。
「邪魔だからだ」
やっぱり、海賊の理屈だ。
そう思い。オウルはつくづく、ここにいる自分の不運を呪った。
バルガスは唇を歪め。
杖を振り上げ、城壁を揺るがすような声で叫んだ。
「ガル・スム!」
黒檀の杖が光り。無数の炎の弾丸が飛び出し、ティンラッドたちに襲い掛かった。
「よし。では、お手並み拝見と行こう」
ティンラッドはニヤリと笑い、前に飛び出した。
その後ろで、オウルが一番にやったことは。
防御魔法を張ることでも、ティンラッドの攻撃力を上げることでもなく。
アベルが逃げ出さないよう、その場に足止めする呪文を唱えることだった。