第9話:砦の魔術師 -6-
ティンラッドの言ったとおり、通路はすぐに上へ向かう階段になった。四人はそこを、黙々と上がった。
しばらく上がると、また通路になる。その中を左へ、右へとうろうろしながら次に進める先を探した。
仕掛け扉になっているらしき場所は他にもあったが、そこから出るのはためらわれた。
壁の向こう側に、魔犬の気配が感じられたからだ。彼らを追ってきているのか、それとも相当の数がいるのか。
オウルは仕掛け扉をいちいち、綿密に調べた。
やがてまた、上に向かう階段を発見でき、そこをたどった。
何度かそれを繰り返し、かなりの距離を歩いたと思われる時。
突き当りに、また隠し扉が現れた。
この階では、通路が占めている面積はそれほどなく。他に取るべき道は、ないようだった。
「行くか?」
オウルは声を潜めて聞いた。
ティンラッドはうなずく。
「もちろん」
ここには幸い、魔犬の気配もないようだった。
「じゃあ、俺が呪文でこの戸を開ける」
杖を構えて、オウルが言った。
「そうしたら、一斉に飛び込め」
「えー」
即座に、ヒソヒソ声で異議申し立てが出た。
「オレとか、何の役にも立たないしさ。ここはとりあえず、船長に先に行ってもらって、オレたちはその後ろから」
「うむ。私も援護要員でありますから」
ロハスの言葉に、アベルもうなずく。
気勢が上がらないことこの上ない。
しかも、パーティーの指導者を矢面に立たせて敵地に突入するというのは、どうなのか。
「構わん。それで行こう」
ティンラッドはあっさりうなずいた。
この人もこの人だ、とオウルは苦々しく思ってから。
そもそも、パーティーの構成がこうなのは、全てティンラッドの責任だということに思い至ったので。
船長がいいなら、もうそれでいいやと思い直した。
「じゃあ、行くぞ」
気合を入れ直し、杖を掲げる。
「サタハ・ア・シムシム!」
呪文と共に。
仕掛け扉が勢いよく回転した。
その隙間に、まず皓月を構えたティンラッドが。それからオウルに小突かれたロハスとアベルが続き、最後にオウルが躍り込む。
その場所には。
意外にも、人影がなかった。
見たところ、誰か男の私室のようだった。部屋は殺風景で、これというものはなかった。
壁際に山ほど積まれた本と、脱ぎ捨てられたローブ。
寝台の毛布は、無造作に脇に寄せられている。
豪華なもの、部屋の主の好みを教えるようなものは何もなかった。
牢の中のようだ、とオウルは思った。
必要な物はある。ただ、それだけ。
「バルガスって魔術師の部屋かな」
オウルは呟いた。
「うーん。偉い人の部屋にしては質素だなあ」
ロハスが言う。
「こう、一軍を束ねる人ならさ。あの床に絨毯は敷けるし、カーテンももっといいヤツを使って。壁には、ちょっとした絵とか、壺なんかを飾って」
それを自分が売りつける算段を考えているのに違いない、とオウルは思った。
乗り込んできた敵地で、魔物を束ねる謎の魔術師相手に商売のことを考えられるロハスは、度胸があるんだかないのだか。謎である。
「ヤツの部屋だろうな」
ティンラッドは油断なく刀を構えたまま言った。
「行こう」
「どこへ?」
オウルは目を丸くする。
ティンラッドは笑った。
「気が付かないか。誘われているぞ。テラスの向こうから、殺気が押し寄せてきている」
窓の向こう、外に出られるようになっている引き戸の方に目をやった。
「呼ばれているなら行こう。こちらも、望むところだ」
そう言って、ティンラッドは大股に引き戸に向かった。
オウルは、「ここで待ってる」などと、たわごとを口走るロハスとアベルの二人を無理やり脅して歩かせながら、後に続いた。