第9話:砦の魔術師 -5-
その場所は暗くて狭かった。
押し込まれる時にオウルはつまづいて転び、ロハスはアベルを巻き込んでしりもちをついた。そのせいでアベルは反対側の壁に思い切り額をぶつけた。
無事だったのは運動神経のいいティンラッドだけだ。
「どうやら君が触ったのは仕掛けの起動装置だったようだな、アベル」
あごをなでながら言っているのが薄闇の中でぼんやり見える。
のん気な、とオウルは思った。
ここは『余計なことをするんじゃねえ』と怒鳴りつけるべきところだと思う。
「ところで、ここは暗いな。どうなっているか分からん。オウル、灯りをつけられるか」
「へえへえ」
オウルはむっつりしながら、ルミナの呪文を唱えた。杖の先にやわらかな灯りがともる。
その場所は、見た限り狭い通路のようだった。幅は狭いが右にも左にも長く先が続いているようだ。
「砦の隠し通路か」
オウルは呟いた。
「そのようだな」
ティンラッドがうなずく。
オウルは立ち上がって壁を調べた。
こちら側は石を積んだだけの粗い造りの壁だった。その中で、目の前の部分、大人の男四人分ほどの幅の壁だけが、反対側と同じきちんと作られた煉瓦造りになっている。
もちろん、実際には樫の扉か何かの上にそう見えるように仕上げがしてあるだけなのだろう。
アベルが煉瓦を押し込んだ部分は石の柱になっており、そこを中心として扉が回転する。どんでん返しというヤツだ。
その上の方をオウルは注視した。赤い顔料で何やら紋様が描いてあった。その特徴的な形に見覚えがあった。
「おや。何ですかな、あれは」
ムダに目ざといアベルがやってきて一緒にそれを見上げた。
「むむ。どこかで見たような、見なかったような。どことなく懐かしい模様ですな」
眉根を寄せる。オウルはイラッとした。
「うるせえ。どうせまた適当だろう、黙ってろクサレ神官」
毒づく。
「アンタのせいでこんなところに押し込まれて。どうすんだ、いったい」
「まあまあまあ。おかげで戦闘しないで済んだんだから」
ロハスがとりなす。
「お前は戦わないで済めば何でもいいんだろ」
むすっとして言い返すと、
「そうだよ。オレは平和主義者だからね」
ロハスは平然と答えた。
魔王を倒そうというパーティに参加しておいて、平和主義者も何もない。そう言いたいオウルであったが。
そもそも加入者の選考基準がメチャクチャなのだ。ツッコんでも仕方ない、と諦めざるをえないところなのだろうか。
「まあ実際、今から出るわけにもいかんな」
ティンラッドが言った。
「ここから出たら絶好の餌食だ。この出口は使えない」
壁の向こうでも自分たちの気配が分かるのか。石壁の向こうには魔犬たちが集まって、何とかこの場所に飛び込もうとしている様子ではある。
「さっき奥の方を照らした時、上に行く階段らしきものが見えたな。とりあえず、そこを目指してみよう」
歩き出したティンラッドに全員が従う。
そうする他に途はないようだった。