第9話:砦の魔術師 -2-
尖った黒い嘴がまっすぐに心臓を狙ってくる。
とっさに、月桂樹の杖を振り回した。それが当たって、敵は砂利道に腹を見せてひっくり返る。
「カラス?」
オウルは呟いた。
いや、カラスではない。カラスに似た魔物……凶暴で巨大な「鬼ガラス」である。
走りながら空を見ると、無数の鬼ガラスが空を旋回していた。
それらが、彼らを狙って降り注ぐ矢のように攻撃をかけてくるのだ。
新月の黒い刀身が走り、数羽の鬼ガラスを一度に地面に叩き落とした。
それにしても、数が多い。
こういう時に、戦える人間がティンラッド一人というこのパーティの現状は、本当に困る。というか、完全に死活問題である。
「おい。ロハス。アベル。生きてるか?」
後ろを見ないまま、問いかける。
鬼ガラスの嘴は太く鋭い。心臓をえぐられたら即死することもある。
「生きておりますぞー! 縄をほどいてくだされえ!」
アベルの元気な声がした。まあ、握っている縄の感触が軽いので予想はしていたが。
それにしても、縛られて両手が使えない状態で、この魔物の攻撃を逃れているとは。恐るべし、LUC値最大。恐るべしアベル。
「ダメ……。オレ……。もう死ぬかも……」
更に後ろから、ロハスの息も絶え絶えな声が聞こえてきた。
「ロハス殿! あきらめてはいけません。ほら、その棒をもっと振って! 上から来ますぞ、あっ、今度は左から!」
アベルはなぜか、後ろを向いてロハスの状態の実況をする余裕まであるらしい。
何でだ、とオウルはものすごく理不尽に感じたが。アベルが何をやっているかとか、何でそうなのかとか、そういうことを考えるだけムダだということがそろそろ身にしみて分かりはじめていたので、深く詮索するのはやめておいた。
「ロハス! 何か光り物はないか」
オウルは怒鳴った。
「なるべく小さくて、数が多いものがいい。何か出せ!」
「光り物?」
ロハスの息切れした声がした。
「何でもいい。金でも宝石でも、何か出せ、急げ!」
怒鳴り返すと。
「いやダメ……。お金をばら撒くなんて、そんなことするくらいなら死んだ方がマシだ。宝石なんかもってのほか」
弱々しい声なのに、妙にきっぱりと。そんな答えが聞こえてくる。
コイツはコイツで、ブレねえな。
そう思って、オウルはかなりイライラした。
「釘でも、金屑でもなんでもいいよ! とにかく光を反射して輝くものだ、急げって!」
後ろを向いてわめくと。
かなり遅れて走っているロハスは、情けない顔になった。
「でもお。釘も金屑も、売れば商品になるのに」
「命とどっちが大事だ、って、毎回言わねえと話が進まねえのかよ!?」
オウルは怒鳴った。
それでようやく、ロハスは懐に手を入れ、「何でも収納袋」を探り始めた。
毎回こんなやりとりをするのはとてもイヤだ。そう、オウルは思った。
「くそう。オレの大事な、安値で仕入れた新品の釘一箱。売れば五十ニクルにはなるのに」
手に持った木箱を名残惜しそうに見る。
鬼ガラスがどんどん襲い掛かって来るのを避けながら走っているのに、よくそんな余裕があるな。
オウルはつくづく、こんな奴らとパーティを組んでいるのに嫌気がさした。
「オウル、どうすればいいの?」
「上に向かって思いっきり投げろ! ばら撒け!」
オウルは言った。
ロハスはもう一度、最後というように木箱を眺めてから。
「ええい、出血大特価だ! 持ってけ、ドロボー!」
とヤケクソのように叫んで。
ふたを開けた木箱を、思いっきり上に向かって放り投げた。
「タルフカン!」
それに向け。オウルは月桂樹の杖を振り、叫ぶ。
呪文の効果で、箱からこぼれた釘は空中で広範囲に散らばった。
「シャイヤン!」
続けて呪文を唱える。
今度は杖の先から、目もくらむばかりの光がほとばしった。
その光に。空中にまき散らされた釘が、キラキラと光を反射する。
鬼ガラスたちの動きが変わった。
全てではないが、かなりの数が一行から注意をそらし、きらめきながら落ちていく釘に群がりはじめた。
「よし、今のうちだ」
まだ襲い掛かってくる魔物の首を叩き落としながら、ティンラッドが言った。
「君たち、走れ! 門までもう少しだ」
言われるまでもない。
ティンラッドに守られながら、三人は力の限り砂利道を走り抜けた。