第9話:砦の魔術師 -1-
数日かけて砦にたどり着いた。
その間も、アベル(の幸運)による『反対方向への誘導』は続いたが。
ティンラッドはそんなことを気にせず前に進む、アベルは謎の気配に気を取られて回れ右しようとする、で。間に挟まれたオウルとロハスだけが消耗する、そんな道中であった。
「とにかく、着いたな」
「ああ、着いた」
二人は遠目に見える崩れた城砦を眺めて、確認し合った。
「とりあえず、これでもう今までみたいな苦労はないはず……って」
振り向いた瞬間、オウルは我が目を疑った。
「今、どこかでうら若い乙女の叫び声がしましたぞー」
とか言いながら、まっしぐらに道を逆走していくアベルの姿が目に入ったのだ。
「そんなもんいねえよ!」
何とか追いかけてアベルを引き戻したオウルは、そう怒鳴り散らした。
「ロハス! 縄かなんか出せ。コイツ、縛り付けでもしないとどこに行っちまうか分からねえ」
「了解」
ロハスもうなずいて、素早く『何でも収納袋』から縄を出した。
それを使って二人でアベルを縛り上げる。
「ああっ、ご無体な! 何をなさいます」
悲鳴を上げるアベル。
「うるせえ。今さら一人だけ逃がすか。ここまで来たらなあ、一蓮托生なんだよ」
そういう自分の言葉はほとんどヤケクソな気もしたが。
とにかく、ひとりで逃走するのだけは許せない。何だか、そんな気分になっている。
「死ぬ時は一緒に死のう、アベルちゃん」
思いは同じなのか、ロハスも真面目な顔でそんなことを言っている。
この顔ぶれでの心中はイヤだ。そうオウルは思ったが。
アベルだけが生き残るのはもっと腹立たしい。それが本音である。
「君たち、いいか?」
ティンラッドが振り返った。
「目に見えるところに見張りはいないようだが。魔物の気配はぷんぷんする。近付けば何かしらが襲ってくるだろうな」
真剣な声だ。
オウルも気を引き締めた。ロハスも表情を厳しくしている。
アベルだけが相変わらずの調子で、
「ね、ね。ほどいてくださいよ」
と哀願していた。
「とりあえず、あの入口まで走るぞ。いいか?」
ティンラッドは離れたところに見える砦の門を指さした。アベルの哀願をガン無視した態度に、オウルはヒドイなと思ったが、自分も取り合う気はしないので特にツッコまなかった。
「ちょっと待ってくれ、船長。先に、全員に防御魔法をかける」
オウルは言って杖を取り出した。
「待って待って。オレ、防具をつけるから」
ロハスがあわてて『何でも収納袋』の中を探り出す。
「あのう。この縄をどうか」
アベルが哀願する。
全ての準備が整って(アベルは縛られたままだったが)、四人は道の先に視線を集中した。
「死ぬ気で走れ」
新月を抜いたティンラッドが低く言う。全員、無言でうなずいた。
「行くぞ!」
声とともに。
ティンラッドが長い脚で走り出す。
オウルとロハスもそれに続いた。
アベルも縛られたまま、よたよたとついて来る。
紐の端っこをオウルがしっかりと握っているからだ。
「来たぞ、気を付けろ!」
ティンラッドの声が響く。
何が、と問い返す暇もなく。
無数の弾丸のようなものが空から次々に降り注ぐ。
「ひえええ!」
既におなじみになったロハスの悲鳴が響く。
「なんか来た、なんか来た、何か来たあ!」
「お助けあれえ!」
アベルの悲鳴も重なる。
うるせえ、とオウルは思った。
叫んでいる暇があったら、敵を見定める努力くらいしてもらいたい。
その間に、次の攻撃が降りかかった。
走りながら避ける彼らに。
落ちてきたそれは軌道を変え、襲い掛かった。