第8話:西の砦へ -4-
「ところで、アレはなんですかな」
不意にアベルが道の横を指さした。
「何だ?」
全員が振り返る。
「ほら、あそこ。何やら、ふわふわ動いていますよ」
森の奥を指す。オウルは眉根を寄せた。
「何も見えねえが」
「魔物の気配もないな」
ティンラッドもうなずく。
「いやいや、確かに何かあります」
アベルは頑固に主張する。
「ほら、また動いた」
「ヤダなあ」
ロハスが嫌そうに言う。
「気味悪いこと言わないでよ。もう暗くなり始めてるし、何だか気持ち悪いじゃない」
「確かに。ハッキリしないと落ち着きませんな」
アベルはうなずき、藪をかき分けだした。
「確認してまいります。ちょっとお待ちを」
「待て待て!」
オウルはあわててアベルを止めた。
「そんなことしてる時間はないんだよ。いいか。目的地は反対側。魔磁針もそっちを指してる」
地図と西の砦に向けた魔磁針を見せるがアベルはそれを一瞥し、
「大丈夫ですよ、すぐに済みます」
またも森に足を踏み込もうとする。
「行くなって言ってんだろ。そんな寄り道してるヒマはないんだよ」
怒鳴るオウル。
「中途半端は気持ちが悪いと、ロハス殿もおっしゃったではありませんか」
「言ってない。オレはそんなことは言ってない」
慌てて否定するロハス。
「しかし」
アベルは言いつのろうとするが、オウルはきっぱりと言った。
「寄り道はしねえ。森の中のは魔物のイタズラって可能性が高いぞ。こっちは大きな戦闘を控えてるんだ、少しでもムダな体力や魔力は使いたくねえ。まっすぐに砦を目指す」
「そうですか? 気になりますなあ」
アベルはなおも後ろ髪をひかれる様子だが、
「もういいか? 私は行くぞ」
ティンラッドがさっさと歩きだしてしまった。
「ほら。一人で魔物と戦いたいって言うなら止めないが、そうじゃないならサッサと付いて来い。団体行動が出来ねえのか、アンタは」
言い捨てて歩き出してから、いったい団体行動なんて出来る人間がこのパーティにいるのだろうかと思いオウルはとても暗い気分になった。
アベルはやはり後ろが気になるようであったが、『一人で魔物と戦う』が衝撃的だったらしく仕方なさそうに後をついてきた。止めたりせずにあのままパーティから落伍させておけばよかったと、オウルは後悔した。
数時間後。
「あ。今、何かこちらの方であやしい物音が」
アベルが足を止め耳を澄ます。
ロハスとオウルはちょっとだけ足を止め、振り返った。ティンラッドはもう振り返りもしない。さっさと前へ進んでいく。
「何でもない。気にするな。行くぞ」
オウルもそれだけ言って、ティンラッドの後に続いた。
アベルはまたしても『おかしいですなあ』とつぶやきながら後をついてくる。
「ねえねえ」
ロハスがオウルに近付き、ささやきかけた。
「これで何度目かな?」
「七度目だ」
オウルは短く答える。
「あんまり考えたくないんだけどさあ」
ロハスが言う。
「いつも気が付くのはアベルひとりだよね」
「そうだな」
「で、気になる方向がいっつも、オレたちが行こうとしてるのとは真逆だよね」
「そうだな」
「それでアベルとしては、別にオレたちについて来るのがイヤってわけじゃないんだよねえ」
「そうだな」
いっそそうだったら良かったのに、と思いながらオウルは答えた。
ロハスは深くため息をつく。
「あのさ。こんなこと思いたくないんだけど、これってアレなんじゃない?」
「アレってなんだ」
オウルは不愛想に言う。
ロハスはほんの少し、いらだたしげな表情をする。
「気付いてるくせに。アレだよアレ。幸運値500」
オウルは黙り込んだ。
確かに、彼自身もそのことを考えていた。アベルの高すぎる幸運力。
そしてソエルの領域に入ってくる時、森で迷って砦の魔物に遭わなかったという話。
「アベルの運が全力で、オレたちにこっちに行くなって引き留めてるような気がするんだけど」
呟くロハス。
「だったらどうする?」
オウルは捨て鉢に言った。
「船長を放ってアベルについてくか? 確かに命だけは保証されるかもな」
たとえ行き着く先が森に住まうオクレ妖怪であったとしても。
ロハスは前を行くティンラッドの背中をしばし見つめた。
それから深い息をついて言った。
「……だよねえ」
「だろう?」
オウルもため息をついた。
「俺たち、もう詰んでるんだよ。あのオッサンについて行くことになった時からな」
前を行く背中は、引き返すことなど考えてもいない様子でまっすぐに西を目指し続けていた。