第7話:森の怪異 -8-
「止めるったって、どうやって」
ぼやいたロハスを、
「邪魔だ、下がれ!」
ティンラッドが押しのけて走る。
その姿はまるで獣だった。
長い脚がしなやかに地を蹴り、跳ね上がる。
空を薙いだ刀が、魔物の長い牙を叩き折った。
鋭くとがった破片が足元に突き刺さり、
「ひええええ」
ロハスはすくみあがった。
「ひえええじゃねえ。情けない声を出してるヒマがあったら、何か知恵を出せ。いや物を出せ」
「出せって何を」
言いながらも、とりあえず『何でも収納袋』を取り出している。
オウルは考えた。
「そうだな。網がいい。なるべく大きいやつだ」
「網って言ってもいろいろあるけど。落とし網、地引き網、投網、刺し網。あ、かすみ網なんてのもあるけど」
「種類なんか知るか。何でもいい、なるべく丈夫なやつがいい」
「丈夫ねえ」
ロハスは首をかしげながらも、袋の中を探る。
「大きいのって言うと、刺し網か地引き網かなあ。あ、破かないでよ、高いんだから」
「てめえの命とどっちが高価だ?」
とオウルは返事をした。
前にも似たような会話をした気がするが、相手がロハスでは仕方ない。そう思うオウルであった。
「ああ、あれだ。鳥を取るようなヤツ。ああいうのが欲しい」
「鳥? じゃあ、かすみ網かな。でもあれ、網が細いよ」
「丈夫なヤツだって言ったろう! 丈夫で大きくて、鳥を取るようなヤツだ!」
「あーもう。ワガママだなあ」
ロハスはため息をつきながら、袋から大きな網を引っ張り出した。
かなりの大きさだ。網目も一つ一つが大きく、オウルの拳が通り抜けるくらいある。
「これ、海の中に沈めて壁を作るみたいに張るのよ。すると通った魚が網目に引っかかって逃げられなくなる。大きめの魚を取る用のものだから、網も太くて頑丈。これでいい?」
「おあつらえ向きだ」
オウルはうなずいた。
網の端をつかんで握りしめる。
「ロハス。お前さん、反対側を持ってあっち側の木にくくりつけろ」
「え?」
「壁を作るんだよ。アンタの言ったみたいにな。ただし捕まえるのは魚じゃねえ」
それでロハスも納得がいったようだった。
「分かった」
商人はうなずいた。
「ただし条件がある。そこの木に網をくくりつけるのはオレがやる。道の反対側まで走るのは、オウルがやって」
「何で俺が……」
「いいじゃんよー。オレは網を提供したんだし、言いだしっぺが責任をとれ、っていつもオウルが言うんじゃんか」
「チキショウ! 地獄に落ちろ、ごうつく商人!」
怒鳴り散らしながら、オウルは重たい網をつかんで道を走った。
魔物はティンラッドが足止めしている。
鋭い刀さばきで猛獣の爪と牙に互角に立ち向かっているが、敵の動きは迅い。
もし魔物の注意がこちらに向いたら、一瞬であの爪に貫かれることだって十分にありうるのだ。
「おっと! お前の相手は私だ、ヒョウくん!」
ティンラッドが陽気に叫んだ。
距離を置こうとする魔物の肩口に、黒い刀身が食い込む。
血が流れ、魔物は咆哮を上げた。