第1話:沈黙の鐘が鳴る -5-
「ファーデ」
そう呟いて、オウルは自分自身に姿消しの魔術をかけた。
彼はティンラッドに言ったとおり、攻撃型の魔術師ではない。敵を倒す呪文なんて、まったくと言っていいほど覚えていない。
ただ、こういう、彼の言うところの「日常のちょっとした場面で役立つ呪文」なら数多く知っている。
そのまま、辺りの気配を注意深く探りながら進んだ。
この魔術は、人間や魔物の目からは姿を見えなくすることは出来るが、実体をなくすわけではない。
犬やコウモリなど、視覚以外の方法で相手を認識している生物には何の効果もない。
その上、姿を消すことは出来ても、影を消すことは出来ないのだ。
観察力の鋭い者なら、月明かりの下、影だけがそろそろと通りを横切っていくことに気付くだろう。
だからオウルは、細心の注意を払って進む。
ティンラッドが去った方では、騒ぎ声が聞こえてきた。
(あのオッサン、自分で言ったとおり大暴れしているらしい)
とオウルは思った。
彼が向かうのは、街の中央にある鐘楼である。
「沈黙の鐘楼」と呼ばれているそれを、誰も鳴らすことはないし、誰も鳴らすことは出来ない。
鐘を鐘たらしめる、音を出すための金属の舌が失われているのだ。
修理すれば良さそうなものだが、街に古くから住む者は「伝説」がどうのこうのと言って、直そうとはしない。
まあ、そんなことはこの街で生まれ育ったわけでもないオウルには、どうでもいいことだ。
肝心なのは、その鐘を鳴らすことが出来れば、街中に響き渡るだろうということ。
そして、彼の魔術を使えば、それが出来るだろうということだ。
首尾よく鐘楼の下にたどり着いたオウルは、周りに気を配るのを忘れないようにしながら、長い梯子を登り始めた。