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第7話:森の怪異 -4-

「だいたいレベルがたったの5ってどういうことだ。生まれた村を出たばっかりのひよっ子か、アンタ。大神殿から出てきたって言うが、どれほど神様に守られた旅路だったんですかねえ?!」

 皮肉を言う口調もきつくなる。


 しかしアベルは何故だか胸を張った。

「当然ですな。私は神に仕える三等神官。他の人より多く神の御恵みを受けることが出来るのです」

 それがあまりに堂々としていたので、オウルは皮肉だとツッコみ直す気もしなくなった。というか話す気もしなくなってきた。


「オウル。その人は、ここ一年ばかりこの辺りにいたはずだろう」

 ティンラッドが、退屈そうに指摘した。

 それもそうか、とオウルは熱くなった頭を冷やす。

 村の老神官は『妖怪が出るようになったのはここ一年』と言っていた。妖怪の正体がコイツだとすれば、この男はずっと森で暮らしていたことになる。


「そうなのか? アンタ、ここで一年も暮らしてたのか? いったい何をやっていたんだ」

 問い詰める声に、アベルは哀愁をこめて苦笑いする。

「忘れましたよ。人界の喧騒から離れてどのくらい経ったかなど。暦すら持たない私に日付けをはかる術などない」

 オウルは、たいへんイラッとした。


「うるっせえ。あのな、近くの村で評判なんだよ。ここを通るとオクレオクレと食糧をねだる妖怪が出るってな。アンタだろ、それ。一年もいったい何やってんだって聞いてるんだよ」

「落ち着きなさい。それにはわけがあるのです」

 アベルは言った。

「早く話せよ」

 イライラしたままオウルは言った。

 

 アベルは大きくため息をつき、それから語りだした。

「一年半ほど前のことです。私は特命を受けて大神殿を出ました。そして伝道をしようと近くの街に立ち寄りました」

「それで」

 オウルは話をせかす。アベルは暗い表情で言った。

「その町では酒や賭博といった悪徳が栄えていました。私は街の人々をあるべき道に引き戻そうと夜な夜な賭場や酒場に通い、伝道を続けました。するとなんということでしょう。神殿から受け取った支度金がいつの間にかすべてなくなり無一文になってしまったのです」


 語りきった、という顔で三人を見回すアベル。眉間にしわを寄せる三人。

「ちょっと待て。伝道ってアンタ、そこで何をやったんだ」

「それはもう」

 アベルは嬉しそうに答えた。

「まずは悪徳に身を染める人々の気持ちを知らねばなりませんからな。夜ごと彼らと共に酒を飲み博打に興じ」 


「飲んで遊んで金使い果たしただけじゃねえかよ!」

 またしても、オウルは全力でツッコんでしまった。

「船長。コイツ、とんだ生臭神官だぜ」

 ティンラッドを振り返る。

 ロハスもその隣で苦い顔をしてしまった。多分、この神官に服やなにやらを提供してしまったことを全力で後悔しているのだろう。


「生臭とは失礼な。私は清廉を旨とする神官ですぞ。悪所に足を運んだのもただ人々の心を知らんとしたまでであり」

「そういう人はな。有り金使い果たすほど俗事にハマりこまねえんだよ」

 オウルは吐き捨てるように言った。

 これ以上話を聞くのもムダな気がしてきたが性分なのだろうか、物事がハッキリしないと何となくすっきりしないのである。

「で。それでアンタ、その後どうしたの?」

 訊ねる口調もヤケクソ気味になっている。


「ええ。私も困りましてな。祈祷書や神具まで売り払っても賭博の元手はおろか、宿代すらない始末。最後は身一つでその街を出るような破目になり」

 追い出されたんじゃないだろうか、とオウルは思った。

「仕方なく伝道の使命を果たすため徒歩で旅を続けましたが。どこへ行っても恐ろしい魔物に遭う始末」

「魔物時代だからな」

「そんな時、この場所にたどり着いたのです」

 アベルの目が輝いた。


「この森にはなんと魔物がいないではありませんか。私はここにたどり着いたことを神のお恵みと感謝いたしました。そして、ここを安住の地と定め、修業を積むことにしたのです」

「伝道の使命はどうしたんだよ」

 オウルのツッコミは黙殺された。


 つまりこの神官は大神殿を出てすぐに博打にハマって金を使い果たし、半年経たないうちに伝道の使命とやらを放り捨て、魔物のいない森に隠れ住むことを決意したらしい。

「それからは池で魚を釣ったり森でウサギをとらえたり、秋には木の実を集めたりして悠々自適、自然と一体の暮らしをしておりましたが」

 モノは言いようである。


「それでも何というか文明の味に飢えるというか、そういうことがありましてな。しかしある日、私が空腹に苦しんでいると、道端の木陰でおいしそうな弁当を食べている人物がいるではありませんか。そこで私は喜捨をお願いしようと姿を現しました。すると森で暮らすうちに、私の霊格が上がったのでしょうかな。私の姿を見た旅人は、弁当を残してモノも言わずにその場を立ち去ったのです」


「イヤ、アンタ妖怪だと思われただけだから」

「それからも」

 オウルのツッコミを完全に無視したまま、アベルは話を続けた。

「私が喜捨をお願いするたびに、親切な旅人がおいしい食べ物をくれるようになりましてな。これもすべて神のお恵み、私の修業のたまものと」


「そうやって一年間、村人にたかって暮らしてたのかよ」

 オウルは話を聞いたことを心の底から後悔した。

 そして思った。

 村の神官の言葉は正しかった。森に潜む怪異に関わってはならなかったのだ。

 妖怪よりもメンドくさい何かに関わってしまった。そう思わずにいられない彼だった。

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