第7話:森の怪異 -3-
自称大神殿の神官である灰色の塊は、何だかわからないだけでなく強烈な異臭もしていたので、話を聞く前にまず近くの小川に向かった。
そこで相手が服だか何だかわからない灰色のもさもさしたものを脱ぎ捨て、清らかな水とロハスの提供した石鹸で顔と体を洗い、同じくロハスの差し出した新しい下着と神官服を身に着け、これもロハスが出したカミソリで伸び放題のひげを剃り、ついでにボサボサの髪をロハスが散髪したところ。
意外にパリッとした三十がらみの神官が出来上がったのには全員、驚いた。
正直、氷の洞窟で巨人が立ち上がった時よりも驚いたかもしれない。
「感謝いたします、旅の方々よ」
男は神官式に丁寧に礼をした。
「こんなに礼儀正しい方々とは知らず、先ほどは失礼いたしました。このように石鹸やカミソリのみならず、新しい衣類まで喜捨していただけるとは」
「待った待った待った」
ロハスがものいいをつける。
「誰もあげるなんて言ってない! 神殿は明朗会計が旨でしょ、ちゃんとお金払ってくださいよ!」
男は困ったように眉を上げた。
「しかし残念ながら、私にはお支払できるものが何もないのです」
ロハスの顔から血の気が引く。
「これも神の御心。あなたは富を神の国に積む運命だったのです。祈りなさい、神のお慈悲はあなたの上に輝くことでしょう」
「まあまあ。お前、あの洞窟で神殿に喜捨するってわめいてたじゃないかよ」
ガックリと地に膝をついたロハスを、オウルが慰めた。
「それが今だったと思え」
「このオレが。オレともあろう者が、相手の支払い能力を見誤るとはっ」
ロハスは絶望的に呻いた。
「もうダメだ。商人としてやっていけない!」
ロハスの絶望は放っておくことにして、オウルは懐から観相鏡を引っ張り出した。
この男、神官と言うがどうもうさんくさい。バッタもんくさいというか、まっとうな神官という気がしないのだ、なぜか。盗賊が化けているということもありうるし、念のため確認しようと思った。
「アンタ、名前は?」
「魔術師よ。人に名前を聞く時にはまず、あなた自身がお名乗りなさい」
ムダにイラつく。そう思ったが、
「俺はオウル」
言い争うのも不毛な気がしてぶっきらぼうに言う。
「これでいいだろ。名前は?」
「私は大神殿の三等神官、アベルと申します」
大神殿だか三等神官だかどうでもいいんだよ、とオウルは思った。だいたい三等神官って結構下っ端じゃないのかと思う。神殿神官の位階はよく分からないが、名前からしてあまり高位であるという印象は受けない。とにかく名前は聞いたので、オウルは観相鏡を鼻に乗せた。
アベル
しょくぎょう:しんかん
LV5
つよさ:8
すばやさ:250
まりょく:15
たいりょく:58
うんのよさ:482
そうび:しんかんふく
もちもの:なし
「ちょっと待て」
オウルは一瞬、どこからツッコんだらいいか分からなくなった。
とりあえず神官であることは本当らしいが。
「魔力15ってどういうことだ?! アンタ、仮にも神官だろう。何だその、一般人と大して変わらねえステイタス! 回復呪文を三回もかければ底つくじゃないかよ?!」
アベルは食って掛かるオウルを前にため息をつく。
「やれやれ、何も知らぬのですな。神殿の神官のふるう神秘を、あなたたち魔術師の使う魔術と同じように考えるものではありませんぞ」
「あん? 神官は回復呪文を使うのに魔力を使わないとでも言うのかよ?」
オウルは眉をひそめる。
神官の使う術に詳しいとは言えないが、仮にも術を行使して魔力を消費しないなどということがあるとは思えない。そんなことはこの世の理に反している。
「分かっていないようですな」
アベルは偉そうに言った。
「回復『呪文』ではありません。『神言』というのです。神殿の術はその昔神が人間に授けられた、貴い言葉であり常人には行使しえない……」
「アホかあ! 呼び名なんか何でも構わねえよ!」
全身全霊をかけてツッコんでしまったオウルはまた自分の幸運がすり減っているような気がして、なんだか胃が痛んだ。