第7話:森の怪異 -1-
「ほら、手に入れてきたよ、追加の食糧」
ロハスが追い付いてきた時、オウルは村の入り口の門柱を調べており、ティンラッドは退屈そうにその横に座っていた。
「しかし、本当かねえ。妖怪なんてさ」
「何でもいい。害になるものなら倒せばいいだけだ」
ティンラッドはそう言う。ロハスが追加の食糧を買いに行くと言った時も『必要ない』と主張していたのだが。そこはロハスが強引に押し切った。
「だってさ。剣の通じない相手だったらどうするのよ。何しろ妖怪だよ、妖怪」
ロハスの言葉に、ティンラッドはバカにしたような鼻息だけで返答した。
「しかし言い伝えにしちゃあ妙な話だな」
オウルも立ち上がった。
「特に怪異が起き始めたのがここ一年、というのが変だ」
「オレも変だと思っている」
ロハスは言った。
「何でこのパーティは、魔物の本拠地まで徒歩で移動しようとしてるんだ」
「それはな」
オウルは、ロハスに詰め寄ってにらみつけた。
「俺がソエルで買った老いぼれロバと荷車を、お前がトーレグの町で売り飛ばしちまったからだ。そして新しいのを買おうという俺の意見も、お前が『無駄な出費はしたくない』と言って却下したからだよ、このごうつくばりが!」
「えー。だってさ。あのロバと荷車は廃棄処分寸前だったしい。むしろ買ってくれる人を見つけたオレの商才を評価してほしいところだよ? それに馬を買ったらエサ代だのなんだの、維持費がバカにならないしい」
「ああいうのは商才とは言わない。ぼったくりと言うんだ」
オウルは決めつけた。
「そして、馬のエサ代を惜しむお前に、旅の足が徒歩だってことに文句をつける資格はない。そこのとこ、肝に銘じとけ」
「えー。別にいいじゃん、グチ言うのはタダなんだからさあ」
「いや。減る。俺の心の平穏が減るぞ、確実に」
言い合うオウルとロハスに、
「君たち。いつまでもくだらない話をしているんじゃない。出かけるぞ」
ティンラッドが声をかけた。
二人は軽くにらみ合ったが、仕方なく船長の後について歩き出した。
のどかな時間はあっという間に過ぎ去り、自分から危険な場所に飛び込んでいく無謀な旅がまた始まる。そう思うと、どちらの顔にもうんざりした表情が浮かんでしまうのであった。
峠へ向かう道を歩くのを楽しんでいるのはティンラッドだけで、オウルもロハスも肚の中では『魔王なんてこの世にいなければいいのに』と全力で考えていた。
砦には森を抜けて数日歩けば着くという。
森の様子は、馬車で見た時と同じように平穏な昔ながらのものだった。魔物の気配もなく、目につくのは普通の動物や鳥たちだけだ。
「しかし、本当に不思議だね」
あまり長いこと黙っていられないらしいロハスが、水筒の水を一口飲んでから言った。
「この世にまだこんな場所があると思わなかったよ。魔物がいないなんて、いったいどんなカラクリになってるんだろうな」
「さあ。それが分かればお前さん、魔術師の都で自分の塔を持てるぜ」
オウルはぶっきらぼうに言った。
彼もずっとそのことばかりを考えていた。
十年前、世界に突然魔物が現れたことと同じくらいに、今のあの村の状態は理解しがたい。
ヒカリゴケの洞窟のように魔物が近付きにくい場所というのは確かにある。だがそれにしても範囲が広すぎる。そして、あの村の中にもこの森にも魔物を払いのけるような特別な力は感じられない。
いったい何が起こっているのか。それを知りたい。
魔術師としての本能のような研究意欲がわきあがるのを、彼は必死で抑えつけている。
研究をしたくても今の彼にはその術がない。塔を離れた一介の旅の魔術師には、世界の秘密を探ることなどできないのだ。
そう、今の彼に出来るのは自分の命を守ることくらいである。
船長のバカバカしい企てからもいつか必ず抜け出してやる。そうオウルが改めて決意した時、
「オクレ……」
背後から、気味の悪い低い声が響いた。