第6話:平穏な村 -7-
ティンラッドにロハスがその話をしたのは翌朝のことだった。
船長は少し考え込んだ。
「もう少し、その話を詳しく知っている者はいないか」
ロハスはしばらく難しい顔をしてから、
「よそ者のオレたちにどれだけ話してくれるか分からないなあ。ダメもとでいいなら行ってみよう」
と言った。
宿屋を出て、向かったのは村の小さな神殿だった。
ロハスが話し手に選んだのはそこの神官であるらしい。ひと目見て、うるさ型の爺さんだなとオウルは思った。
「バルガスのことか。よそ者に話すようなことではないのだがな」
神官はギロリと三人をにらみ。
それからバルガスがいかに子供の頃から信心の浅い不届き者であったか、という話をものすごい勢いでし始めた。
オウルは感心した。
神官の話にではなく、こういう人物が村にいることを短時間で探り当てたロハスの『商売上の手練手管』とやらに。
バルガスの父親が酒飲みのならず者であったこと。
その父は、バルガスが幼い頃にケンカで命を落としたこと。
母親は息子を養いかねて村の魔術師の弟子に出したこと。
そのためかバルガスはひねくれた子供で、いつも問題を起こす村の鼻つまみ者であったこと。
そんな事情を、三人はたっぷりと聞かされた。
「魔術の腕はそこそこだったようじゃがな。しかし、そこでもヤツは結局問題を起こした。腐っているヤツは結局どこまで行っても腐っているのじゃろうな。それでついに師匠もあやつをこの村に置いておけなくなってな」
「ちょっと待ってください」
思わずオウルは口を挟んでしまった。
「バルガスが『魔術師の都』に行ったのは、才能があったからじゃないんですか?」
「魔術の才能については、わしは分からんよ」
神官は言った。
「だが、あの事件がなければヤツが村を出ることもなかったのではないかな。その詳細については、わしの口からは語れんよ」
老いた神官の青い瞳が窓の外に向かう。
「どうしても聞きたければ彼女に聞くがいい。あれはバルガスが師事していた魔術師の娘じゃ。夫を十二年前に亡くし、父親も去年亡くなった。子供もないので天涯孤独になってしまったがな」
その視線の先には、墓の前にたたずむほっそりした女の姿があった。
三人は墓地へ向かった。
人の気配に振り返った女は三十代半ばというところで、黒い髪を無造作に束ね古びたドレスに身を包んではいたが、柔らかい碧色の瞳が印象的で今でも十分に美しかった。
「どなた?」
いぶかしげにその瞳が問いかける。
ロハスが前に進み出ようとした時、ティンラッドが口を開いた。
「これから西の砦に向かい、バルガスという魔術師と戦うつもりの者だ」
女の表情が曇る。と思うとすぐに、それは感情を見せない仮面のようなものに変わった。
「そう。それは、どうして?」
低い音楽的な声が問いかける。
「この世のどこかにいるという魔王を倒したい。だから手がかりを持っていそうな者がいれば訪ねていく。話を聞いてくれない相手なら戦ってみる」
ティンラッドの口調は事務的だった。女は長い睫毛を伏せた。
「バルガスは強いわ」
「腕ならこちらも覚えはある」
それは、単に事実を述べる口調だった。
女はため息をつき、碧の目でティンラッドを見上げた。
「それで、どうしてそんな話を私になさるの?」
「ここの神官が、バルガスのことなら貴女に聞けと言ったので。戦う前に分かることがあるなら知っておきたい」
彼の視線は射るように女を見据えていた。