第6話:平穏な村 -4-
天井の高い、柱と梁の太い農家の土間にしつらえた卓に、老婦人が素焼きの茶碗を並べた。
茶瓶から、赤みがかった温かい茶がそこに注がれる。
会話となればロハスの出番である。調子よく世間話を並べ立てるのを、ティンラッドは退屈そうに、オウルは家の中の調度を眺めながら聞き流していた。
贅沢品はないが、暮らしに困ってはいない様子だ。そこそこ豊かな村らしい、とオウルは見当をつける。もっとも、ソエルの領域内に窮乏した町や村はないはずなのだが、この前の雪の町のように、魔物の害で窮地に陥っている場所がないとも限らない。
だが、この村から受ける印象は平穏そのもの、というところだ。
ちょうどロハスが、話題の切れ目でその話を持ち出したところだった。
「それにしても、この村は穏やかでいいところですねえ。この前オレが滞在したところでは」
と、ここでひとくさり、トーレグの町の受難譚がはさまる。
「幸い、この村は魔物の害からは守られていますよ、ありがたいことに」
老人は長いあごひげを触りながら、そう言った。
「そうそう、それそれ」
ロハスの話運びはうまい。
口調も軽いから、本当にただの世間話にしか聞こえない。
「お嬢さんからも、馬車の中で聞いたんですけどね。魔物がいないんですって? この魔物時代にねえ。どんなお恵みなんでしょうね。この話が広まったら、ここに移住したいって人がわんさか押しかけますよ。そうですねえ、ざっと考えるに」
懐から算盤を出して、はじきだす。
「地代が百倍には跳ね上がるんじゃないですかね。畑一枚売ったら、死ぬまでのんびり暮らせますぜ。ご入り用なら、買い手を紹介しますけどね」
「とんでもない」
老人は目を剥いた。
「長者になれると言われても、先祖代々受け継いだ畑を売るなんて、考えられませんや」
「わはは。そうですよね。冗談ですよ、冗談冗談」
笑い飛ばすロハス。
しかしオウルはその顔に「残念」と書いてあるような気がした。
もし、この老人が畑を売ると言ったら、どれだけの手数料をせしめる気だったのか、とオウルは思った。
「いやいや、オレが言いたかったのは、そこまでしても住みたいって人が出るほど、この村は恵まれてるってことですよ。いったい、どういう仕組みです? 大神殿から来た徳の高い神官様か、魔術師の都で修行を積んだ名高い魔術師様でもいらっしゃるんですか?」
「いやあ。神官はこの村で生まれ育った男だし、魔術師も地方育ちのヤツが二人いるだけだねえ」
老人は首を横に振った。
「神官の話じゃあ、みんなが信心深くおつとめしたから神様の恵みがあるのだろう、ということですじゃ。まあ、ありがたいことですなあ」
まるきり、娘の話と同じである。
オウルとロハスはチラリと目配せし、互いに小さくため息をついた。
「まあ、田舎で面白くないでしょうが、ゆるりと滞在してください。魔物がいないのがこの村の取り柄です」
老人はのんびりと言った。
「いやいや、それが何より素晴らしい」
ロハスは落胆を顔に出さない。
にこやかに話を続ける。
「まるでこの世の天国ですよ、この村は。魔物がいないとなれば、皆さんに悩み事などないのでしょうねえ」
「まあ、特別豊かではありませんし、不便がないとは言いませんが、不足もありませんでなあ」
そう言ってから、老人は少し顔をしかめた。
「あのことさえなければ……」
「え?」
ロハスは無邪気に目をぱちくりさせ。
「何です?」
笑顔で先を促した。
だが老人は、表情を引き締め。
「いや、何でもない。どんな村にも、ひとりくらい馬鹿者がいるというだけのことです」
と言ったきり、その件については口を閉ざしてしまった。