第1話:沈黙の鐘が鳴る -4-
そこには数人の、覆面をした男たちが闇にまぎれて踏み出していた。
その真正面に出て行ったティンラッドは。
「なんだ、お前……」
相手がぎょっとする暇もなく。
そのうちの二人の頭をつかんで、ガンと打ち合わせる。
あっという間に、二人が倒れる。
すぐさま、長い脚が一閃。
あごの下に蹴りを食らって、もう一人が倒れる。
そこでようやく、残った男たちが身構えようとするところへ。
一人の顔に正拳突き。
もう一人の顔に横蹴り。
それで、すべてが終わった。
その間、わずか三十秒。
「すげえ」
その様子を物陰から眺めていたオウルは、思わずつぶやいた。
観相鏡をかけたままの彼には、ティンラッドの攻撃の凄さがはっきりと分かったのだ。
単なる筋力の強さだけで彼は勝ったのではない。
彼の放つ攻撃は全てが『かいしんのいちげき』というヤツだ。
その瞬間の攻撃力は、ステイタスから通常想定しうるものの何倍にも及ぶ。
今の攻撃が毎回決まるなら。魔物だって軽々と倒しうる。
もちろん人間の盗賊など、敵でもないだろう。
「君。縛るものか何か、持っていないか」
声をかけられた。
「オウルだよ」
言いながら、しぶしぶ前に出る。
「縛るものは持っていないが、おとなしくさせておくことは出来る」
何年も使っていなかった、魔術師の証。月桂樹の杖を取り出して、男たちの周りに円を描き、呪文を唱える。
「ソリード」
描いた円の内側が光り、すぐに元通りになる。
「これで、こいつらはニ、三時間は動けない」
オウルは肩をすくめた。
男たちの体は、自分の意思では動かなくなっているはずだ。身体が石になったように感じられていることだろう。
「よし。君は兵士の詰め所に行って、人を呼んで来い」
ティンラッドは言った。
「アンタはどうする」
オウルは尋ねた。
「今、こいつらから聞き出した。南の城門から仲間が入って、街に火をかける手はずだそうだ。火事の混乱にまぎれて略奪を働き、逃げ出すつもりだったようだな。私はそっちに行く」
すたすたと歩いて行く。
「ちょっと待てよ」
オウルはそれを呼びとめた。
「一人でどうにかするつもりか。盗賊団って言うんだ、五人や十人じゃないだろう。火も消し止めなきゃいけない。どうするつもりだ」
「そうだな。手当たり次第にぶっ飛ばすか」
「それじゃダメだろ」
オウルは苦り切った。
その顔を、ティンラッドは面白そうに見る。
「なんだ、君はこんなことに関わり合いになりたくないのじゃなかったのか」
「ないよ。ないけど」
オウルは言葉を止める。
悔しいが……認めなくてはいけない。
「ここまで来て、知らないふりは出来ないだろう。占いに金を払ってくれる奴らが素寒貧になったんじゃあ、俺も困るんだよ」
「だったらどうする?」
尚も、面白がっている顔でティンラッドは尋ねた。
「君の魔法で、盗賊をなぎ倒すか?」
「悪いが、攻撃用の魔法は習得していない。俺は平和主義者なんだ」
オウルは背中を向ける。
「ただ、俺なりに考えはある。盗賊団を一度に追い払うには、この城市中の兵士に集まってきてもらわなきゃダメだろう」
「呼び寄せる方策があるのか」
「ある」
「分かった。私は暴れたい。先にやっているぞ」
そう言ってティンラッドはさっと暗闇の中に去った。