第6話:平穏な村 -2-
馬車は軽快に雪野を進んでいった。
やがて、ある地点で雪と氷の領域は途切れる。その先に広がるのは、中秋の草原だ。
その、枯草の香りのする空気を、馬車の上の五人は存分に吸い込んだ。
若夫婦は四か月以上凍りついた大気しか吸い込むことが出来なかったのだ。
秋のしっとりした空気は、パーティの三人も望むところだった。
積もった雪が、陽光をぎらぎらと反射することもない。
草原の間には時折、飛び跳ねウサギやつつきドリなど、魔物の姿がチラリと見えるが、距離が離れているせいか襲い掛かっては来なかった。
ティンラッドたち三人が首にかけている、ヒカリゴケのお守りの効果もあるのかもしれない。
進むうちに、段々景色の中に木が目立つようになってきた。
初めは、一、二本が草の間に小島のように遠くから見えるだけだったものが。
いつしか、間をおかず何本かの木々の塊が視界の中に飛び込んでくる。
その次には、常に一群れの木々が視界のどこかに入っているようになり、それはすぐにいくつもの群れに変わった。
そうしているうちに、前方には森らしきものが見えてくる。
「目指す村っていうのは、森林地帯にあるのか」
オウルが顔を上げ、陰気な口調で尋ねた。
前の御者台に夫と並んで座っていた若妻は、にこやかに振り返る。
「ええ。あの森の奥です。小さな村だけど、必要な物は何でもありますよ。どうぞ、ゆっくり滞在なさってくださいね」
その和やかな言葉に。魔術師は、ぶっきらぼうに応えた。
「それより、森に入ると魔物の襲撃が心配だな。船長、ロハス。周りを良く見張ってろ。何かあったらすぐに対応できるようにしておいた方がいい」
その言葉に、ティンラッドはチラリと顔を上げ、刀の柄に手をやってニヤリと笑い。
ロハスは、「ヤダなあ」と情けない顔をする。
すると。
場違いな笑い声が、馬車の中に響き渡った。
「大丈夫ですよ。魔物は、出ません」
微笑んでいるのは、若妻だった。
「出ない? 魔物が?」
オウルは思わず、おうむ返しに聞き返した。
この世に魔物が現れて十年この方、そんなことを言う人間には会ったことがない。
「ええ。出ないんです」
若妻はうなずいた。
「あ、でも。もう少し進んで、村の領域に入らないと。そうすれば、何も出なくなりますよ」
当たり前のことのように言う。
「何もって」
もはや、オウルは呆然としてしまう。
ティンラッドもロハスも、彼女をじっと見ていた。
「もちろん、初めは出たんですよ。村の人もずいぶん、ケガをしたりして。でも、二年くらい前からかしら。段々、魔物の数が減っていって。私が村を出た頃には、すっかり十年前に戻っていましたわ」
「そ、そりゃ、いったい何で」
声が、思わず問い詰めるようなものになる。
「誰かが魔物を退治したとか? そういうことか?」
「いいえ、別に」
若妻は、困惑したように首をかしげた。
「村の神官様は、みんなが心がけ良く、ちゃんと信心してるからじゃないか、っておっしゃっていました」
何の理由にもなっていない。そう、オウルは思う。
つまり、これという理由もないのに魔物の脅威から解放された。そんな村が、この地上に存在するということか。
いったいそれは、本当なのだろうか。
オウルは眉間にしわを寄せながら、考え込んだ。