第5話:ロハスの商売 -4-
ロハスは声を張り上げた。
「さあさあ、皆さん。寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。トーレグの町の北、魔物のはびこる洞窟から勇気ある冒険者が手に入れた、神秘のヒカリゴケだよ! これを持っているだけで、あなたのステイタスが一割上がる! そんな素敵アイテムが今日だけの特別価格、たったの五シル! 五十個だけの限定販売、早い者勝ちだよ!」
大声に、足を止める人が出てくる。
「今日だけ」「限定」という言葉に興味を引かれ、何を売っているのかと屋台を覗き込む。
「ほらほら、見て行ってお兄さん」
「うーん」
声をかけられた戦士らしき人物は、疑わしげに並べられた小瓶を眺める。
「持ってるだけでステイタスが一割上昇なんて、本当だったらうまい話だけどなあ。しかし、五シルは高いだろう」
「イヤイヤ、お兄さん。本来、産地のトーレグでも倍の一ゴルはする品だよ」
と、ロハスは当然のような口ぶりで、初めて聞く値段設定を言ってのけた。
「オレは特別な手づるでこれを手に入れてね。今日は、赤字覚悟で冒険者の皆様の安全のために提供させていただこうという思いでここまで来たわけですよ。決して損はさせませんよ!」
タダで手に入れたくせに。と、オウルは思う。
確かに、命は賭けた。だから、そこで得たものから利益を引き出すのが悪いとは言えない。
しかし、洞窟攻略のための装備も何も、全部トーレグの町民からの提供物だった。
ロハスがヒカリゴケを手にするためにかけた元手はゼロに等しい。
それを、「赤字覚悟で」などと言うのは、いくらなんでも粉飾が過ぎると思う。
「まあまあ。だまされたと思って、試しにちょっとつけてみなさいよ」
ロハスは戦士を手招きする。
「お集まりの皆さんに観相鏡をお持ちの方がいたら、ぜひかけて見てみてください! このお兄さんのステイタスが劇的に変化しますからね!」
ここで、サクラの役として客にまぎれているオウルの出番である。
こっそりため息をついて、オウルは観相鏡を顔に乗せた。
「さあ、見ましたか? 見ましたか、この人のステイタス! ここで、ヒカリゴケのお守りをつけてもらいますよー!」
ロハスが大声を出し、周りの客の注意を十分に惹きつけてから、戦士の首にヒカリゴケの小瓶のついた鎖をかけた。
「おお。これは何ということだ」
それと同時に、ロハスに覚えこまされたセリフを口にするオウル。
「180だった強さが198に。160だった素早さが176に上がったではないか。他のステイタスも、軒並み上がっているぞー」
我ながら、棒読みだったが。
仕方ないと思う。オウルはあくまで魔術師であって、役者ではないのだ。
「本当に上がったのか?」
あちこちから声が上がる。
ロハスに目顔で促され、仕方なくオウルはもう一度声を上げる。
「本当に上がっておるぞー」
やる気のなさが声に出ているが。
それでも、周りはざわざわとし始めた。
「本当に効果があるのか?」
「一割か。レベルアップ一回分には相当するかな」
「いや、お前のレベルならまだまだ簡単に上がるし、上り幅も大きいし」
「五シルか。せめて二シルならなあ」
「さらに!」
そこでロハスが声を大きくする。
「このお守りには、聖水と同等の効果が!! 持っているだけで弱小な魔物を遠ざけ、皆様の旅の効率を良くしますよ!」
集まった客たちのざわめきが更に大きくなった。
「本当か?」
「そんなうまい話があるかな」
「毎回、聖水を買う経費を考えたら……。あれ一つでずっと使えるなら、得なのか?」
「効果は、洞窟を攻略したパーティのお墨付き! 弱小な魔物がどんどん逃げていき、とても感動した。と、パーティ参加者のダンディな紳士はおっしゃっておりましたよ!」
誰だそれ。と、オウルは思う。
そんなヤツいたか? と思い。それからロハス自身か、と思い至った。
確かにロハスはそのことを喜んでいたから、その点では嘘は言っていない。
しかし、ロハスが「ダンディな紳士」であるかどうかについては。
嘘も大概にしろ、とオウルは思った。