第4話:氷の洞窟 -14-
ティンラッドは走った。
背中の壺が重い。だが、これが勝負を決する。そう信じた。
体の魔力をしぼる。先ほど魔斬を一度使ったが、まだ打つことは可能だろう。
巨人の手が彼の方に伸びる。彼をつかみ、握りつぶさんと指が動く。
その指を叩き斬った。再び、その腕をかけのぼる。
彼を振り落とそうと、腕が激しく上下に揺れる。足元が滑る。
近付いてきた反対の腕に飛び移り、今度はそちらをかけあがる。
肩口に足が届いたが、ホッとしている暇はない。
狙うのは先ほどと同じ。頭だ。
魔力を刀に集中させる。巨人の手が伸びてくる。向こうも、先ほどと同じことはさせない、というつもりか。
ティンラッドは跳んだ。そのまま空中で皓月を構える。
「魔斬・清明皓月!」
刀身が輝く。そこに満ちた渾身の魔力を、魔物に叩き込む。
再び、魔物の頭が砕け散った。だが、今度はそれだけでは終わらせない。
ティンラッドは空中で身をひねった。頭を一気に下にする。
背中の背負子に乗せた壺が逆さになる。
壺は、熱湯を口から吹き出しながら。魔物の頭の残骸の上に落ち、砕け散った。
氷の上にぶちまけられた熱湯がしゅーっと音を立て、大量の湯気が上がる。
ティンラッドは魔物の体、壁、と次々に蹴りつけながら、無事に足から氷の床に下りた。
巨人を見上げる。
氷の魔物は、両手で頭のあった場所を抱えるようにして、立ちすくんでいた。
魔力がこごっていく。冷気が立ち上り、壊れた巨人の頭が再生して……。
いかなかった。
魔物はその回復力を再び発揮しようとした。しかし、湯がかかった部分は再生せず、巨人の頭部はひどくいびつな、狂気じみた造形になっていく。
巨人は、その太い腕を空中で振り回した。
頭部が完全に復元されなかったことで、何か機能に支障が出たのか。
もはや、地上で動き回る三人の人間に注意を向けることなく、ただめちゃくちゃに腕を振り続けている。
巨体がよろけて、壁に激突した。空洞が揺れる。
高い天井から氷柱が次々に地上に向けて落下してくる。
「よけろ!」
ティンラッドは叫んだ。壁のわずかなくぼみに飛び込む。
オウルが身をひるがえす。と思うと振り返って、腰を抜かしている様子のロハスを引きずって走り出した。
しばらくは、大地に激突して砕け散る氷柱の立てる轟音と、氷の煙で何が起きたのかも分からなかった。
それがようやく収まった時、ティンラッドは自分と、仲間二人の無事を確認した。
オウルとロハスは、少し離れた場所で彼がいるのと同じような壁のくぼみで身を縮めていた。
巨人はふらつく足取りで、いつの間にか彼らとは逆方向の、奥の壁面に向かっていた。