第4話:氷の洞窟 -12-
その様子を離れていたところから眺めていたティンラッドは、
「何だ? 何か面白そうなことを始めたな」
と笑った。
二人は湯気の立つ鍋から湯をすくっては、投石器を使って巨人に向けて投げつけている。
オウルの投石器の扱いは慣れが感じられ、投げつけているものも巨人に当たっていた。
ロハスの方はまったくダメで、三回に二回くらいは見当はずれの方向へ飛んでいく。
それでも的である巨人が大きいだけに、何度かに一度は命中しているようだった。
「面白いな。思いがけないことをしてくれる」
ティンラッドは低く笑った。
それから、その鷹のような黒い目が、巨人の足元を見る。
巨人の体に対して、オウルたちの投げつけている湯の弾丸はあまりに小さすぎる。
命中しても、一瞬湯気を上げるだけで、すぐ温度を失ってしまうようだ。
だが、それでも。
ほんのわずかだが、氷の体を溶かしてはいる。
「オウル!」
彼は叫んだ。
「足元を狙え。直接当てなくてもいい。足場を狙え」
それが聞こえたらしく、すぐにオウルは狙いを変えた。ロハスについては、まあいい、と思う。
あの腕では、どこを狙っても同じことだ。
が、そこでロハスも意外な行動に出た。
投石器を放り捨て、懐から出した袋に右手を突っ込む。
その中から、長い竹筒が引っ張り出された。
その先に何かを当てている。
油を壺に移す時に使う漏斗だろうか、とティンラッドは目を細めてそれが何かを見定める。
と思うと、二人がかりで鍋を持ち上げ、残りの湯をその中に注ぎ込んだ。
竹筒の先は、巨人の足近く……と言っても、巨人が一歩では近付けない位置ではあるが……まで伸びていて、その先から湯があふれ出た。
なるほど、とティンラッドはうなずく。
足場を濡らすだけなら、あの方が効率がいい。
たとえ、巨人に対してはひしゃく一杯ほどの湯量であったとしてもだ。
二人はまた鍋に氷を集めていた。今の作業を繰り返すつもりなのだろう。
巨人が足を前に踏み出した。二人の方に体を向ける。
「おっと。君の相手は私だ」
ティンラッドは床面に突き刺さった氷柱の間を巧みにすり抜け、巨人に斬りかかった。
人間なら脛に当たる辺りに、斬撃を叩きこむ。
スキル:必殺。
彼の攻撃は、確実に固い氷に食い込み、その足を半ば両断した。
体重を支え切れなくなり、巨人が体の釣り合いを崩す。
更に、反対の足元に湯が流し込まれた。沸かしたての熱湯は、シュウシュウ言いながら巨人の足に当たり、その指先をほんのわずか溶かして、ただの水になっていく。
巨人の体に魔力が集まる。
冷気が渦巻く。
ピキピキと音を立て、ティンラッドに両断された脚の疵が氷で埋まっていく。
だが、ティンラッドはそこを見てはいなかった。
流し込まれた湯。もう温度を失って水に成り果てていたそれは、巨人の放出した冷気で薄い氷になった。
だが溶けた指先は、欠けたままだった。
それを確認して、すぐにティンラッドは湯を沸かしている二人の下へ走った。