第4話:氷の洞窟 -11-
オウルはまず『何でも収納袋』の中から出来るだけ大きな鍋を出せ、と命令した。
「鍋なんか、何に使うのよ」
不満と不安を顔いっぱいに見せながら、ロハスはしぶしぶ袋の中を探った。
深さのある、大人数用の煮込み鍋が中から引っ張り出される。
「よーし、上出来だ」
オウルはうなずいた。
「次だ。そこらから氷の欠片を集めて、出来るだけこの中に入れろ。急げ!」
「何でそんなことを……」
恐怖でイカレちまったのか、と思いながらロハスは仕方なく言われたとおりにする。
イカレていると言えば、あの船長もこの魔術師もどちらも元々イカレているのだ。それに気付かず商売の話を振ってしまったのは、ロハス一生の不覚だった。
だが、今は言われたとおりにするしかない。
氷の巨人の相手はイカレ船長がしているが、イカレた魔術師というのはまた魔物に負けず劣らずタチが悪い。
「よし、いっぱいになったな」
オウルは鍋の中を満足そうに見て、その上に月桂樹の杖を掲げた。
「ローシェイ!」
魔力のひらめき。次の瞬間、鍋の中にはぐつぐつと沸騰する湯があふれていた。
ローシェイ。水、または氷を瞬時に沸騰させる呪文である。
主に料理の時に使用される。
「次だ。革袋か何か、ないか。なるべくたくさんだ」
「革袋? まあ、それなりにはあるけど」
ロハスが引き出した革袋で、オウルは熱湯をすくった。
「今度は投石器か何かないか。紐の長いヤツだ」
「はい? あるけどさ」
ホントに何でも入っているな、とオウルは苦笑した。
オウルは熱湯を詰めた熱い革袋を鍋から引き揚げ、投石器の石を入れるべき場所にそれを押し込んだ。手袋越しでも火傷しそうに熱いが、気にしている暇はない。
どうせ空気は身を切るように冷たいのだ。これで釣り合いが取れる、と無理やり思い込む。
投石器は一般に使われるもので、石を包むべき部分が革で出来ていた。その左右には長い麻紐がついている。この紐の部分を持って、勢いをつけて回す。
ちょうど良く勢いがついたところで紐の片方を離すと、中央の石が飛んでいく。そういうものだ。
「アンタ、投石器なんか使えるのかよ」
ロハスが不審そうな顔で言う。
「ガキの頃は、これでウサギを獲った」
オウルは短く答えた。もっともずいぶん昔の話だ。体が要領を覚えているかどうか。
紐の片方を、手首に固く巻きつける。もう片方を拳に握りこみ、その状態で腕を振り上げ前から後ろにと何度も回す。
頭の上で回すのが得意な人間もいるが、オウルは体の横で回すこのやり方の方が性に合っていた。
子供の頃の感覚を思い出す。幸い、的はウサギよりはるかに大きい。
十分に勢いがついたところで、拳に握りこんだ紐の端を離す。
この時、程よい場所に石(この場合は湯のつまった革袋だが)がないと攻撃はとんでもない方向に飛んで行ってしまう。狙った場所に当てるには熟練した腕が必要になるのだ。
オウルの放った湯入りの革袋は、氷の巨人の足元少し前に落ちた。
「はずしたか」
オウルは舌打ちする。すぐに次の革袋を湯に浸し、新しい『砲弾』を作る。
「おい。ボーっとしてないで、お前もやれ。とにかく数を撃つぞ」
「ええ?! オレ、そんな野蛮な遊びしたことないんだけど!」
仰天するロハス。
「やったことなきゃ、今覚えろ! とにかく、多少でも攻撃になりそうなことをするんだよ!」
オウルは怒鳴り返した。