第4話:氷の洞窟 -9-
轟音が響いた。氷が砕けて、破片が飛び散る。
ティンラッドはそれを、軽々とよけていた。まるで羽根が生えているかのように、ひらりと後ろに跳ぶ。
「どうやら魔王ではなさそうだな」
つまらなそうに彼は肩をすくめた。
「知性はないようだ。そんなことでは、他の魔物を従えるなど出来はしないだろう」
刀を構える。白い刀身。皓月の方だ。
「まあ、いい。どちらにしても、倒すまでだ」
言葉と同時に。金属のきらめきが一閃する。
スキル・必殺。全ての攻撃をクリティカル・ヒットにするその斬撃が、巨人の右手を切り落とした。
「ふん、大きいだけか?」
にやりと笑う。
オウルは観相鏡で相手のステイタスを見ていた。
こおりのきょじん
HP:720
MP:480
つよさ:850
すばやさ:280
魔物のステイタスは、人間のそれとは違う。また、全てのステイタスを見られるわけではない。
この巨人は、素早さは人間の熟練した戦士並だが、その力にかけては遥かに人を超えているようだ。
人間は、レベルは五十まで、各ステイタスの数値は五百までで、それ以上になることはないと言われている。
しかもこの相手は体力と魔力の限界値が相当大きい。
倒すのは簡単ではない上に、魔力を使った攻撃をかけてくる可能性が高い。
「船長、魔力攻撃に気をつけろ!」
オウルは叫ぶ。
わかった、と答えが返る。
オウルはすぐさま杖を構えて、パーティ全員に対しての防御魔法の準備に入る。
防御魔法は戦闘時の補助魔法で、物理攻撃に対しても魔法攻撃に対しても一定値防御に対するステイタスを底上げするものである。
とはいえ、この怪物に対してどのくらい有効であるか、という問題について考えると。術者であるオウルの額には、脂汗がにじむ。
防御魔法をかけ終わると、続けて攻撃力を底上げする術を、ティンラッドに狙いを定めて詠唱する。
自分やロハスにそんな術をかけても焼け石に水というヤツだが。
ティンラッドなら、話は違う。
術がかかれば、二割から三割攻撃力は増すから、単純に考えればティンラッドの攻撃力は300を超えるし、素早さの点ではかなり有利になる。
後は……運を天に任せるしかない。
「魔術師さん。何が見えてるんだ。あの魔物、どのくらい強い?」
ロハスが青い顔で聞いてくる。
オウルはチラリとそちらを見て。
「見ない方がいい」
とだけ、言った。
「それより、ヤバいぜ」
魔力が巨人の体内に満ちる。広間の温度が、また一段と下がった気がした。
そして、ミシミシと軋むような音をたて。
ティンラッドが切り落とした右手が、再生した。
「ふふん。それくらいでなくては面白くない」
ティンラッドはそううそぶいたが。
オウルの表情は険しい。
「うちの船長は強い。だけど、アイツの再生力が底なしだとしたら、こっちが負ける」
「え、だったらどうするんだよ?!」
ロハスは完全にあわてている。
「魔術師さんもさ、ぼーっと突っ立ってないで、ほら、攻撃魔法とか! 氷の怪物なんだから、炎の魔法とか、ドバーッとやっちゃってちょうだいよ!」
「出来ればやってるよ」
オウルは捨て鉢に言った。
「はい?」
ロハスの目が丸くなる。
それへ、オウルは噛んで含めるように教えてやった。
「俺はな。戦闘屋じゃないんだよ。補助魔法はそこそこ使えるし、生活に役立つちょっとした魔法なら山ほど知ってる。だけど、戦闘用の呪文は、使えない」
ロハスの口が、ぽかんと開いた。
「詐欺だ」
その口から、呆然とした言葉が漏れる。
「人聞きの悪い。俺は一度も、自分が強いなんて言った覚えはないぜ」
「確かにそうだけどさあ!」
ロハスは子供のように地団駄を踏む。
「何だそれ! 何だこの状況、オレに死ねって言ってんの?! 自殺ならヨソでやってくれ、迷惑だ!」
「迷惑はこっちだよ」
オウルも言い返す。
「お前が言いだしっぺなんだよ! 船長はやる気だが、俺は迷惑もいいところだ。ほら、そんなこと言ってる場合じゃないぞ」
上を指す。
ティンラッドとの戦闘で、振り回された巨人の腕が、猛烈な勢いで壁にぶつかる。
氷のひび割れが、天井まで走り、洞窟は大きく揺れた。
その勢いで、垂れ下がっていた氷柱が幾本も地表に向かって落ちてくる。
「防御魔法はかけてるが、自分の身は自分で守りやがれ。面倒見きれないぜ」
ロハスはひい、と叫んだ。
ヒノキの棒を頭の上でやたらに振り回す。
とがった氷柱が、足元の氷にぶつかり、あるものは砕け、あるものは地表に穴を開けて突き刺さる。
近くで見ると、一つ一つが人間の胴回りほどもあった。
直撃を受けたら確実に命はない。
「ひええ」
運よく助かったロハスは、完全に腰が抜けたようだ。
へたりこんだ彼に、こちらも無事氷柱を回避したオウルが声をかける。
「座ってる場合じゃないぜ。またいくらでも落ちてくる。しゃんとしろ」