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第43話 深い森 -6-

 少し森の奥に入ると日差しはあまり入らなくなり、ひんやりした空気が一行を包んだ。あたりは薄暗く、夕暮れのようだ。

「洞窟に入ったようだなあ」

 ティンラッドが言った。黒い目がキラキラしている。楽しそうだ。

「オウル、ここではどんな魔物が出るんだ」


「知らねえよ。俺だってこの森に入るのは初めてなんだよ」

 オウルはぶっきらぼうに言った。クゥインセルの登山道から見下ろしたことはあっても、下りてきて森に入った経験はない。いや、オウルだけではなく、村人みんながそうだった。

「けど多分、お山に近いうちは何も出ないと思う。街道に近づくほど魔物が増えるはずだ」


「なんだ。魔物が出ないのか」

 ティンラッドは露骨にがっかりする。

「それじゃ面白くない。さっさと街道に向かおう」

 心なしか大股で早足に歩き出した。


「待て、船長。その勢いだとロハスが落伍する」

 オウルは止めなくてはならなかった。

 山歩きと山下りの疲れが出たのか、ロハスの歩き方は若干ぎくしゃくしており、木の根が突き出ていたり灌木や下草に邪魔されたりする今日の道のりも辛そうだ。


「それに森の中は迷いやすい。しっかり方角を見て進まないと、同じどころをぐるぐる回ることになるぞ」

 魔磁針で方角を確認しながら行けば街道に出ることはできるだろうが、それでも慎重に進むに越したことはない。

「目印をつけておいた方がいいだろうな」

 バルガスもあたりの木々を見回しながら言う。


「目印ならこれを使って」

 既に肩で息をしているロハスが、暗い声で破れた手袋を片方差し出した。

「これを見るたびにとても悲しい気持ちになるから、ここでサヨナラしてすっきりしたいんだ。ああ、おろしたてだったのに、ごめんよオレの手袋……」

 言っている間に、瞳がうるんでくる。


 新品と言ってもロハスが扱う商品だ。大した値打ちものでもないだろうに、よくそれだけ感情移入できるなとオウルは呆れたが、目印としてはとりあえず役に立つと思われる。

 仲間たちは粛々と破れた手袋を受け取り、ティンラッドがスルスルと木に登って枝のひとつにそれをかぶせた。


「最悪、ここに戻ってこられれば川が近いとわかるな」

 オウルの言葉に皆がうなずく。破れ手袋が目印の冒険というのも締まらないが、彼らの旅はいつもこんなものである。ロハスが仲間にいるかぎり、貧乏くささからは離れられない。



 進んでも進んでも見えるものは一面、背の高い木と灌木と草むらばかり。地下の洞窟とあまり変わらない。日ごろ通る人間もいないようで、猟師や木こりのための道らしきものにも行き当らない。

「まあ確かに、今どき森で仕事は危ないよね」

「魔物が出るもんねえ」

 などと話しながら進む。放っておくとこの手の話題は、


「だから商売に差し支えるんだよ。商品は手に入らないし、買ってくれる人も少なくなるし」

「そうそう。魔物は商売の敵だね」

「だから船も海に出せなくなるんだ。さっさと魔王を倒して魔物をこの世から追い払うぞ」

 よくわからない経緯を取って最終的にティンラッドの決意を固くしてしまう。なのでオウルとしては出来れば避けたい。


 まあ、『ティンラッドと別れて、元の平凡な魔術師の暮らしに戻る』という望みが立たれた今では以前ほど切迫した問題ではなくなっているが、非常に残念なことに。あの紙に署名していた一等神官が全て大神殿を罷免され、オウルの手配が無効にならない限りは状況は変わらない。

 かといって魔王に突撃したいかと言われれば(魔王が存在するとして)、出来れば遠慮したいというのが本音である。


「方角は大丈夫か?」

 運よくバルガスが無感情に確認をしてくれた。オウルは魔磁針を見て答える。

「とりあえず南には進んでいると思う。ただ、遠回りしていないとは言い切れないな」

 森の中にも大きな岩があったり、木や藪が立て込んで生えているところがあったりするので、魔磁針を持っているからと言ってまっすぐ進めるわけではない。

 川筋からはだいぶ遠ざかってしまっただろうことは、水音が聞こえなくなったことからわかる。


「船長、見てきてくれないか。俺たちが今、どのあたりにいるのか」

「かまわないぞ」

 ティンラッドは気軽に言うと、両手に唾をつけて近くの木にスルスルと登って行った。

 その間に仲間たちはそれぞれに休憩をとる。


「……そろそろ魔物が出るかもね」

 木の幹にもたれて両脚を投げ出して座り込んだハールーンがぼそりと言う。

「えっ」

「なんですと」

 ロハスとアベルが顔色を青くする。バルガスが暗い瞳を砂漠の暗殺者に向けた。

「根拠は? ハールーン君」


「僕のヘビたちがエサを食べ始めた」

 抱え込んだ壺をのぞきながら、ハールーンは言う。彼は砂漠でとらえた小さな砂ヘビ(魔物)を四匹、この壺の中で飼っているのだ。

「オウルの家ではぐったりしていて、このまま死んじゃうのかとも思ったけど。今はずいぶん元気に動いてる」


「前にもそういうことがあったな」

 オウルは内海を船で渡ったときのことを思い出した。アベルに魔物除けの神言をかけさせた船に乗っている間は、砂ヘビたちも具合が悪そうにしていたとハールーンが言っていた。

「クゥインセルの霊峰に魔物の接近を阻むような力があるとして、その影響が強い地域を抜けたということか」

 バルガスが考え込むようにしながら言う。


「ああ、イヤだなあ」

 ロハスが深いため息をついた。

「仕方ない。薬草を使おう。いざというときに足がガクガクして逃げられないんじゃ困るもんね」

 懐から『なんでも収納袋』を取り出し、ゴソゴソ探り始める。


「回復なら私にお任せくだされば、タダで済みますぞ」

 アベルが『自分は神官である』と得意げに誇示して見せたが、ロハスは聞こえないフリをした。

 この男に回復を頼むことがあるとすれば、それは本当に万策尽きたときだけである。そんなときは永遠に来ないことをオウルはひそかに祈った。


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