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第43話 深い森 -5-

 進んでいった先に行くと、岸壁から流れ出した滝が川になっていた。両岸には草むらが広がっている。

「このあたりなら天幕が張れそうだな。よし、今日はここで泊ろう」

 ティンラッドが朗らかに言った。オウルは『そのためにはまず草刈りが必要そうだ』と魔力回復薬のせいで痛む頭を押さえながら考えた。


「ふむふむ。ちょっとお待ちください」

 アベルはきょろきょろと辺りを見回し、それから灌木の間に入り込み、しばらくガサガサやっていたかと思うと両手に熟れた赤い実をたっぷり抱えて戻ってきた。

「良い香りがすると思いました。たっぷり実っておりますぞ。しかも食べごろです」


 口の周りに赤いものがついているので、既に味見をしているらしい。

 遠くから果物の香りをかぎつけてたどり着くなど、お前は犬か。そうオウルは思ったが、頭痛がするのでツッコミは控えた。


 草刈りをしてから皆で天幕を張り終わるころには周りが暗くなる。アベルが山盛りに収穫してきた果物とティンラッドの料理で夕食を取った。

 頭痛が続くオウルと、手袋を五枚ダメにしたことで傷心のロハスは早めに寝ることにした。


「ふもととはいえ、せっかく聖地に足を踏み入れたのにオレにはご利益がなかったみたいだなあ」

 ロハスがぼやくとオウルからは、

「お山に入ったくらいでご利益があるんなら、うちの村はなくなったりしてねえよ。お山に入って誰も死なずに出てこられただけで恵まれてるんだ。罰当たりなことを言うな」

 厳しい答えが返ってきた。地元民との意識の差にロハスはがっくりした。



 真夜中に大きな音がして、地面が少し揺れた。

「何、何、地震?」

 ロハスが飛び起きて騒ぎ立てる。

「地響きのようだったが」

 バルガスが警戒した様子で杖を自分のそばに引き寄せる。


「噴火でも雷でもないな。空は晴れている」

 外にいたティンラッドがそう言いながら天幕に入ってきた。

 しばらく皆で様子を見ていたが、それ以上音はせず、地面が揺れることもなかった。

「とりあえず寝たほうが良さそうだな」

 オウルが言い、仲間たちはそれに従った。ちなみにアベルとハールーンはこの騒ぎにもかかわらず目を覚まさなかった。



 何が起こったのかは、朝になってわかった。

「君たち、来なさい。すごいぞ」

 例によって朝から歩き回っていたらしいティンラッドが、全員を叩き起こす。


 崖が見えるところまで来て、仲間たちは目をみはった。

 前日に彼らが下りてきた斜面が崩れ落ちていた。完全に原型がなくなったわけではないが、特に上部が大きく崩れた様子で見た目の印象は大きく変わっている。

 左右に土砂が流れて全体的に低くなり、崖の前に巨大な砂山を置いたような感じになったというべきか。


 下りてくる足掛かりにした木々も、流されて場所が移動したり土砂に埋もれたり、ひっくり返って根を露わにしたりと、とんでもない惨状である。

「これはすごい」

 軽く眉を上げてバルガスが言った。

「下りた地点で夜明かしをしていたら、我々も土砂に飲み込まれていたかもしれんな。アベル君の幸運に感謝した方が良さそうだ」


「私はものごころついたときから大神殿で神にお仕えしておりますからな。神に愛されているのでしょう」

 アベルは胸を張ったが、オウルは『食い意地』ではなく『幸運』と言ったのはバルガスの優しさ的なものだと思った。


「ちょっと。ねえ、ちょっと」

 口をあんぐり開けていたロハスがわなわなと震えながら、

「何これ。何なのこれ。オレたち、こんなにあっさり崩れちゃうような危ない道を通ってきたの? 一歩間違えたら、土砂崩れに巻き込まれてたんじゃないの? ちょっと、オウル?」

 早口でまくし立ててきた。オウルは目をそらす。


「ひいじいさんの時代に土砂崩れが起きてから、ずっとそのままだったんだ。大丈夫だろうと思うだろ」

「大丈夫じゃなかったから言ってるんじゃん。そんな危険を仲間に冒させて、反省してる?」

「うるせえな。俺たちが下りたときには大丈夫だったし、今も大丈夫じゃねえか」

「たまたまじゃん! どう見てもたまたまじゃん!」

 ロハスはお怒りだが、それを言ったらティンラッドとアベルには常に這いつくばって仲間たちに接してもらわなくてはならなくなる、とオウルは思った。


「考えかたを変えろよ」

 オウルは言った。

「見ろよ。昨日は崖から土砂の作った斜面に直接下りられたのに、今はそれが崩れて隙間が出来ちまった。こう考えろよ。『もし俺たちを追ってきてお山にまで入ったやつがいたとしても、この光景を見ればここから森に下りたなんて考えない』。いや、もし考えたとしても土砂崩れに巻き込まれて死んだと思うだろう。つまり、これから神殿の手先に追いかけ回される危険が減るんだ」


 自分でも納得がいったように、若い魔術師はもう一度うなずく。

「昨日、祠にきちんとお参りしたご利益があったかもしれないぞ。お山の神さんが守ってくれたんだ」

 その言葉を聞いたロハスは、すっかり怒る気がなくなってしまった。ある意味、アベルと同じである。神さまがどうこう言う相手と議論しても仕方がない。


「もういいよ。これ以上崩れてこないうちに、早く行こう」

 ロハスは力なく言い、反対意見も出なかった。

 一行は天幕に戻って朝食を取り、川沿いに南を目指した。


 やがて岸の周囲に岩が多くなり、ついには大岩に阻まれ通行するのも困難になった。

 川岸を進むのをあきらめた彼らは、当初の予定どおり森を通ることにした。


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