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第43話 深い森 -4-

 ハールーンに介助されたロハスが、ほぼ二人同時になんとか木の場所までたどり着くと、今度はアベルである。こちらも『お祈りをしてから』とかなんとかグズグズしたが、バルガスにうながされて仕方なく坂道を下りはじめた。

 背中を押されてうっかり足をすべらせたらどうなるか、既にロハスが実証済みである。アベルとしてはその轍は踏みたくなかったのだろう。


「ああ、新品の手袋に穴が開いちゃった。また違うのをおろさなきゃ」

 ロハスは悔しげに言った。綱をつかみながら高速で駆け下りる、というか滑り落ちるに近い状態で中間地点まで行ったので、摩擦で布がすりきれたのだ。

「手袋で済んで良かったと思えよ」

 オウルは言った。命綱をつけているとはいえ、この斜面を本当に滑り落ちることになったら相当ひどいことになったはずである。


 アベルが到着し、バルガスも到着してまずは第一関門突破である。

「コーナ」

 オウルはまた杖を振った。今度のものは、綱の向こう端の結び目を解く呪文だ。

 

 船乗りだったティンラッドは綱の結び方のことならいろいろ知っている。引っ張り具合によってほどける結び方もあると言われたが、それは仲間全員によって却下された。綱につかまって下りている途中で、もし結び目がほどけるようなことが起きたら恐怖でしかない。


 とはいえロハスの綱の在庫も無限ではない。大人の男の体重を支えられるようなしっかりした綱となれば余計にだ。

 そして崖の上から森のある低地までの距離より長い綱など、さすがのロハスも持ってはいなかった。

 

 かくしてオウルが呪文を連発することになる。しっかりした地面にたどり着くまで魔力がもつかどうか不安だが、やらないわけにもいかない。


「よし、次に行こう。オウル、あそこの岩を足場にするからな」

 ティンラッドは機嫌が良い。この危険な道のりが楽しくて仕方がないのだろう。本当に困ったオッサンだとオウルは思う。年相応に慎重さや用心深さを身に着けてもらいたい。

 不安定な砂の上を相変わらず軽い足取りで下りていく船長の背中を見て、オウルはそう思わずにはいられなかった。


 

 五回ほど同じことを繰り返し、なんとか一行は固い地面にたどり着いた。ティンラッドは上機嫌だし、ハールーンも涼しい顔、バルガスもいつもどおりの無表情だが、途中で魔力回復薬を飲まなくてはならなくなったオウルは疲労困憊していた。滑落一歩手前ですべての行程を終えたロハスに至っては生きているのが不思議である、いろいろな意味で。


「もう無理……。手袋を五つもダメにしちゃったし……。天幕はみんなで建てて、食事も作って。オレは心の傷を癒すから」

「俺も頭痛がする」

 しゃがみこんでいる二人にかまわず船長は、

「よし、この調子で森も踏破してしまおう。みんな行くぞ」

 元気いっぱいである。


「やめておいたほうがいい」

 バルガスが不機嫌そうに口の端を吊り上げた。

「このあたりは日暮れの時間が早い。すぐに真っ暗になってしまうぞ、船長。今日は森には入らず、疲れを癒すのに専念した方が良いと思うがね」


「それにしても、食事担当のお二人が動けないとなると困りましたなあ。今夜の夕食はいかがいたしましょう?」

 この状況でもアベルは案外、元気だった。思い返せば大神殿でも、とんでもない道を『近道だ』と言い張って軽々と通り抜けていたので、意外に運動神経は良いのかもしれない。

 そしてたまにはお前が料理くらいしてみろ、とオウルもロハスも思った。


 しかし本当にアベルに料理を任せる気にはなれない。上司が壁に作った秘密の棚に入っていたものを見つけた上に『不用品』と判断して売り飛ばすような男に、自分の健康を委ねることはそうそう出来るものではない。

 オウルとロハスはすがるような目をティンラッドに向けた。船長は、

「じゃあ、今日は私が料理をしよう」

 明るく返答した。二人はホッとした。


「どのあたりに天幕を張るかね」

 バルガスが周囲を見回す。崖と森の間は狭い。休める場所も限られてくる。

「ここでいいんじゃないか?」

 ティンラッドが何も考えていない返答をした。


「あまり崖に近いのもなあ」

 オウルは山を見上げる。村から祠へと続く道ははるか高い位置にあり、下からは確認しにくい。斜面が始まっているあたりがそうなのだろうと推測できるくらいだ。

 その斜面からは、男六人が下りてきたためか未だにときどき小石が転がり落ちてきていた。ここで夜を明かすのはなんとなく落ち着かなさそうだ。


 そう言っている間に、

「おや、こちらのほうから何やらいい香りが」

 アベルがフラフラと歩き始めた。

「おい、勝手にどこかに行くんじゃねえ」

 オウルがとがめたが、そんなことでアベルが止まるなら誰も苦労はしない。


「いいじゃないか、面白そうだ。ついていってみよう」

 面白ければ何でもよいティンラッドが軽々しくそう決めてしまった。こうなったらもうどうしようもない。決めるときは軽いが、決めてしまったら譲らない。ティンラッドはそういう男である。


 どこへともなく歩いていくアベルを追ってティンラッドが進み、バルガスもハールーンも諦観の表情を浮かべつつ付いていく。

 オウルとロハスは顔を見合わせてから、重い体を引きずって立ち上がった。

 世界のどこにいようと、おたずねものにされようと、『このパーティで船長の決めたことは絶対』なことだけは変わらないのだ。


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