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第43話 深い森 -1-

 翌日、翌々日は雨だったので出発を見合わせる。その翌日は村のあちこちを回って食糧や装備に使えそうなものを集めるのに専念した。

 中心になるのはロハスだが、こういう時には案外アベルが役に立つ。

 崩れた建材の陰に落ちている縄を目ざとく見つけたり、棚に保存食が残されているのではなどということに的確に気付くのだ。役に立つことは役に立つのだが、それはやはり神官にふさわしい能力とは言えないのではないかとオウルは思った。


 空模様も見ながら出発の日を決めた。山道を行くので出来るだけ地面が乾いていたほうが良いが、のんびりしすぎるとまた雨が降る。春は雨が多い季節なのだ。

 ティンラッドは『早く行こう、今すぐ行こう』と急かすが、ハールーンが言ったように何ごとも準備は大切である。


「お山をナメると死ぬぞ」

 とオウルは言った。

「村のものも用がなければ入らなかったが、季節に関係なくお山をナメたやつは確実に死ぬ。剣を探しに山に登ったやつらも、生きて戻ってくるのは十人、二十人にひとりだったとか」


 この場合の『お山』というのは一般名詞としての山ではなく、クゥインセルの霊峰を指す言葉であるらしい。仲間たちは地元民のクゥインセルへの想いや信仰心を目の当たりにした気がした。そして危険だと聞かされて余計にティンラッドが早く旅に出たがったが、それはまあどうでも良い話である。


 廃村で集められる限りの装備を集め、晴れた朝に出発した。まずは村の神殿だったところの裏にある泉で水ごりをするところからである。

「これをやらないやつはお山に嫌われて死ぬ。間違いなく死ぬ。絶対に死ぬ」

 という地元民の強い主張があって省略は許されなかった。高峰の雪解け水は、うららかな陽光の中でも骨にしみるほど冷たかった。


 全員もれなく寒くなったところで、ようやく山に入る。オウルによれば山道を進んで峰の裏側に回ると、ふもとに下りられる場所があるという。そこから街道にたどり着くまで森を進む、という計画だ。


「だけどさあ。クゥインセルの峰には魔物は出ないんだよね。だったら何がそんなに危険なの?」

 歩き出してからロハスが聞いた。準備している間は、無人の村からひとつでも多く使えるものを収奪することに夢中になっていて気が付かなかったらしい。苦手な山歩きを始めたら、他に考えるべきことがあったのを思い出したようだ。


「甘いな。魔物が出るようになるずっと前から、このお山は恐ろしい難所なんだよ」

 なぜか少しばかり得意そうにオウルは言う。もし世界に魔物が現れずオウルが生まれた村で年を取っていたら、『伝説の剣』の昔話を何十倍にも盛って話す年寄りになっていたのかもしれない。そんなことをロハスは思った。


「お山は天気が変わりやすくてな。村から少し離れたら用心して進まないとダメなんだ。魔物なんかよりよっぽど恐ろしいよ。この季節なら雨で地盤がゆるんで崩落したり、たち込める霧で道を失ったりもするんだ。鉄砲水もあるし、滑落することもある。冬なら雪に降りこめられて動けなくなったり、雪崩もあるし」

 さまざまな山岳事故について延々と語られる。ロハスは『オウルにお山の話は振らないほうがいい』と理解した。


「そのような危険な山なら、入らなければ良いのでは。村の人たちの暮らしは、この聖地とは無関係に成り立っていたのでしょう?」

 アベルがたずねた。話をそらすつもりだったのかもしれない。深くものを考えていなかっただけかもしれないが。


「普段は入らねえよ」

 幸い、オウルの答えはそれほど長くなかった。

「少し先にお山の神さんを祀る祠があるんだ。三月に一度、神官と村人の代表が底を掃除しに行っていた。そのとき以外は基本、お山には入らねえ」


「オウル殿。それはちょっと」

 だがアベルのほうが言葉を返す。

「なんという言い方ですか。神さん、などと気安い言い方をするものではありませんぞ。それに『山の神』というのもおかしな言い方です。神はあまねく世界にただひとりのみ。神殿で祀る神のみだと習わなかったのですか」


「それはそれ、これはこれだ」

 オウルも言い張る。

「神殿で祀るのは神殿の神さまだろ。でも、クゥインセルのお山には『お山の神さん』がいるんだよ。そういうもんだ」

「何をおっしゃるのです、そんな理屈はありませんぞ」

 宗教論争が始まってしまった。しかも二人とも、譲る気配は全くない。


「ちょっと。そんなのどっちでもいいよ。やめてくれない」

 ハールーンがうんざりした声を上げる。

「どっちでもいいとは何ですか、ハールーン殿。神の唯一性は教義において明らかで……」

 アベルがまくしたてるが、

「どっちでもいいんだよ。普通の人間には」

 ハールーンはきっぱりと言って、青い目で冷たく二人を眺める。


「面倒くさいからその話、やめてくれない? それとも死ぬ? どっち?」

 かなり本気で殺意のこもった声だったので、オウルもアベルも互いにそっぽを向いたまま黙り込んだ。

「じゃあ、行こう。このまま道なりに進んでいいの、オウル」

「ああ」

 オウルはムスッとした顔でうなずく。


「半日は歩くぞ。もうちょっとしたら右側が崖になる。下から強い風が吹いてくることがあるから、なるべく崖から離れて歩け。落っこちないようにな。霧が出てくるようだったら進むのをやめて晴れるのを待つ。十分に気を付けて、勝手な行動は慎んでくれ」

 そう言ってから、オウルは周りを見た。


「こらロハス。遅れてるぞ。お山の中ではぐれたら命の保証は出来ないって言っただろう。とっとと歩け」

「……みんなが速すぎるんだよ」

 宗教論議の最中にくぼみに足を取られて転び、仲間から大きく遅れたロハスは恨めし気な表情で追いついてきた。『山道なんかキライだ』。その顔にはそう書いてあった。


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