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第42話 えんじ色の小箱 -8-

 もう一度、手にした紙片に目を落とす。『サルバール師の死を忘れるな』。その短い文章がオウルの心を切り裂く。

「……真実を知りたい」

 彼は言った。


「今まではただの、魔術師同士の権力争いだと思ってた。魔術師の都にこれ以上いたくないと思うには、それで十分だったが」

 オウルは天井の梁を見上げる。

 

 サルバールは自室でひっそりと首を吊って死んだ。弟子の誰にも心の奥に秘めた苦悩を見せずに、ひとりで死を選んだ。

 他の弟子と一緒に、苦悶に顔をゆがめた遺体の始末をした。そのときようやく、師の苦しみと孤独に触れた気がした。


 それは母の選んだものと同じ途だ。母も同じように苦悶の表情を浮かべて死んだのだろうか。

 記憶の中の母は優しく明るかった。その手が妹をくびり殺したなど、今でも信じられないほどに。けれど兄の怒りを疑うことも出来なかった。

 いつしか母のことを考えようとすると、師の死に顔が浮かぶようになった。


「俺が今まで知っていた以上のことが、わかったつもりになっていた以上のことがあるのだとしたら、俺はそれを知りたい」


 サルバールの死が、ロイゼロの死が。友人同士だった二人の死が無関係なものでないのなら。

 この小箱のためにガイルンという男が姿を消したなら。

 魔王に殺されたという勇士ダルガンすら関係しているのかもしれないのなら。


「この紙きれは、世界に魔物が現れた理由にすらつながっているのかもしれない」


 ウトウトしているように見えたティンラッドが目を開けた。

 澄んだまなざしがまっすぐに、力強くオウルを見据える。

「そうか。面白そうだ、私も付き合おう。だったらどうする、オウル?」


「魔術師の都に行きたい」

 オウルは言った。

「ここに名前を書いた連中は何かを知っている。ソラベルの動きからも間違いない」

 だが今から大神殿に戻るのは得策ではないだろう。相手は鵜の目鷹の目で『アベルとその仲間たち』を探しているのだ。

「だったら、ここに名前のある導師たちの周りを探る。それで何かを知ることが出来るかもしれない」


「なるほど。暴れられるかな?」

 ティンラッドの顔が物騒な期待に輝いた。

「いや、それはちょっと……。いくらアンタが強くても、魔術師の巣にいきなり飛び込むのは分が悪いだろうがよ」

 たぎっていたオウルの気分は急速に冷めた。自分より無謀な人間が目の前にいると、人は冷静にならざるを得ない。


「そうそう。情報収集と下準備は大事だよ、船長」

 ハールーンがにんまりと嗤う。

「大丈夫。船長が行くなら僕も行くし、誰だって殺してあげるから」


「私も君たちの行き先についていかねばならないことになっているからな」

 バルガスが肩をすくめた。

「ただ、大神殿のときと同じく魔術師の都に入るのは遠慮させてもらう。そこは了承してくれ」


「えーと、あの」

 アベルが仲間たちの顔をきょろきょろと見まわしてから、おずおずと言った。

「私もまあ……。ロイゼロさまにはかわいがっていただきましたので、あの方の死に何やら謀略があったかもしれないと聞けば気にならないこともありません。親友ガイルンの行方も知ることができれば嬉しいなーと思わないでもないですし……」


 世話になった相手や親友を案じるにしては消極的な発言だが、そこはアベルなので仕方がないとオウルは思った。妖怪の口からこれだけの言葉が出れば、かなりマシと思うべきであろう。

 意思表示していない仲間は残りひとりになった。まあ、反対しても船長が乗り気な以上無駄ではあるのだが、考えは聞いておきたいところだ。


「え、オレ? 行くけど。今となってはもうねー、パーティを抜けてもオレひとりじゃ逃げきれなくてすぐに捕まって大神殿に連れ戻されちゃうしさあ。船長についていくしかないんだよ」

 ロハスは深いため息とともにそう言った。

「そこはもう割り切ってるんだけどさあ。また、自分から危険に向かってまっしぐらに飛び込んでいく旅が始まるんだろうなと思うとね……」


 もう一度、深いため息が続く。

 それは確かに、とオウルも思った。自分で言い出したことながら、この『真実の探求』は決して穏やかな道をたどりはしない。明らかになるだろう真実の性質がどうこうではなく、ティンラッドが話にかんでいる以上はそうなるのである。必然の結果として。


「でも、あきらめるよ。仕方ない。オレだって死にたくはないからね」

 ロハスはそう言ってから決然とした表情になり、

「ひとつ、提案があるんだけど」

 と言った。


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