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第42話 えんじ色の小箱 -7-

「大丈夫、大丈夫。中板に貼ってあったのがはがれただけだから。きれいに折り目を合わせて、この何でもくっつく秘伝の糊を使えば……」

 ロハスはあたふたと『なんでも収納袋』の中を探る。自分の経験からいうと、それはくっつけたいものはくっつかないやつではないだろうかとオウルは思った。そしてくっつけたくないものはがっちりくっつく。個人の感想だが。


「ほら、こうして、こうして……あれ、うまくいかないな」

 中板からはずれた高級そうな布を元どおりにしようといじくっているうちに、ロハスの手が滑った。

「ああっ」

「不器用だな」

「ちょっと。落とさないでよ。ロハスが僕に物は大切に扱えって言ったんじゃない」


 文句を言いながらハールーンが、落ちた中板を拾う。

 ロハスに渡そうとした手が、途中で止まった。


「どうした」

 声をかけても返事をしない。ハールーンは形の良い細い眉をぎゅっと寄せて、中板を睨みつけた。

「……これ。一枚板じゃないよ。薄い板が二枚、組み合わせてあるんだ」

「ああ? いったいどういう」

 ことなんだ、と聞きおわる前にハールーンの指先が板の隅の方を触る。カチリと音がして、板は上下に分かれた。


 そしてその隙間から更に薄い紙きれが二枚、ひらりひらりと舞い落ちた。

「おっと。かまどの火に入ってしまいますぞ」

 アベルが一枚をつかまえる。もう一枚はオウルの足元に飛んできた。


「ちょっと待て。どういうことなんだ、いったい」

 紙を拾い上げながら、オウルはため息をつく。ルザの街からずっと『なんでも収納袋』の中に入れられていたこの小箱には秘められていたことが多すぎて、情報の整理が追い付かない。自分たちが謎の核心に近づいているのか、遠ざかっているのか。それすらもわからない。


「とにかく、そっちの紙とこっちの紙を合わせて……」

 アベルに持たせておくとろくなことになりそうもないと思って、早めに取り上げようと思った。その拍子に、手にした紙面に視線が落ちた。


「おや。これはいったいどういうことでしょうか」

 アベルのすっとんきょうな声が聞こえた。


「マルティアス。プラガーシュ。エンティハーン。これは大神殿の一等神官さまたちの署名ではありませんか。おお、ソラベルさまも端っこの方に小さく署名していらっしゃいますな。相変わらず字はおきれいです。そして『讃えよ神を、我ら御業を地に敷くもの。ロイゼロ神官を讃えよ。ダルガンの名を忘れるな』。おお、これはいったい? 最初のものは起請文を書き始めるときの定型文ですが、なぜここにロイゼロさまのお名前が?」


「ロイゼロ神官っていうのは確か、アベルにいつもアメをくれていた人だよね」

「そうです。とても心の清らかな、尊敬すべきお方でした」

 ロハスの質問に、アベルはうなずく。


「……そして、サルバール師の旧友だ」

 オウルは低く言った。魔術師の都で彼の師であったサルバールは、ロイゼロ神官に会うために何度か大神殿を訪れていたのだ。

「そのうえ、ソラベル神官が嘘を言っていないなら『魔王に殺された勇士』ダルガンと最後に話したかもしれない人だ。これは何なんだ? どうして、そんなやつらの名前がここに書かれている」


 オウルは自分の持った紙を仲間たちに突き付けた。

「こっちに書いてあるのはこうだ。アルガ。ルガール。テゼト。どれもこれも魔術師の都で塔を預かる師父たちの正式な署名だ。そして最後に『サルバール師の死を忘れるな』。どういうことだ。これはいったい何だ」


 オウルはバルガスを睨んだ。

「先達。ダルガンの名を俺に教えたのはあんただ。あんたはいったい何を知っている。ソエルの西の砦であんたがやっていたことと関係があるのか」

 火花を散らすような灰色の瞳を、バルガスは黙って受け止める。少し間をおいてから、彼はゆっくりと言った。


「知りたいのなら自力でたどり着け。そう言ったはずだ。こちらから教えることはしないと。そういう話のはずだが?」

「これを見ろよ! これでもまだ足りないっていうのか。まだ先があるっていうのか」

 署名の記された紙を、オウルはバルガスの目の前にかざす。闇の魔術師は表情を変えない。


「それはただの署名だ。何も語ってはいない。君は見付けた手がかりに興奮しているだけだ。まだ何にたどり着いたわけでもない。それくらい、魔術師であるなら自分でわかるだろう」

 冷たい言葉に、沸騰したオウルの感情は少し冷えた。荒くなった呼吸を鎮め、冷静な思考を保とうと努力する。それでも、紙を手にした指先は震えた。


「アルガ師。ルガール師。テゼト師。忘れるものか。この三人が結託して、うちの師匠を『闇の魔術師』だなんて言って吊るし上げ、自死に追い込んだんだ。そいつらがどうして、こんな紙にサルバール師の名を書き記している? その死を忘れるなと警告している?」


 オウルは、ポカンとした顔で話を聞いているアベルに目を向ける。

「おい、妖怪神官。ロイゼロ神官は確か、盗賊に襲われて死んだと言ったな」

「はあ。そうですが」

 アベルは『なんで急にそんなことを聞くのか』という顔をしながらも、律儀に答えてくれた。


「実に不運なことでした。普段はめったに大神殿の外に出ることのなかったロイゼロさまが、古くからの知り合いに請われて祈祷のため外出した折に……。自警団が出来る前で今より治安が良くなかったとはいえ、大神殿の直轄領にまさか盗賊団が出るとは……」

 

「それは」

 オウルは鋭く言った。

「本当に『不幸な事件』だったのか?」

「はあ? むろん不幸なことに決まっております。あのようなご高齢の、神に愛されたかたであれば本来もっと安らかな死が与えられようものを」

 アベルはムッとして言い返したが、その袖をロハスが引っ張る。


「アベル、アベル。オウルが言いたいのはそうじゃない。たぶん」

「ロイゼロ神官は『たまたま外出した時に』『たまたま盗賊団に襲われた』んじゃなく、狙われたんじゃないかってこと?」

 ハールーンの声音も、オウルに負けず鋭い。


「というか大人になっても掃除をサボっているアベルに、子供の時と同じようにアメをくれるくらいボケていたその神官がわざわざ祈祷に呼び出されたってところからして仕組まれていた、ってことかな」

「そ、そんなまさか」

 アベルはうろたえた。

「ロイゼロさまは本当に心の清らかな、優しいかただったのです。あのかたを嫌う人間など誰ひとりおりませんでした。そんな立派なかたを陥れようと仕組むなど。そのような罰当たりな話がありますか」


「俺の師匠も魔術師の都きっての人格者だったよ」

 オウルは吐き捨てるように言った。

「それでも、二人はそろってこんなところに名前を書かれているんだ」


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