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第42話 えんじ色の小箱 -1-

 翌朝早くから、オウルはもう一度村の中を歩いて回った。

 雑草にまぎれて成長している作物が畑ではまだ見つかったし、ちょっと山に入れば食べられる野草がいろいろ伸びていた。


「ほら見ろ。新鮮な食材だぞ」

 持ち帰ると仲間たちが喜ぶ。

「タダの食材はありがたいねえ。あとでオレも畑に連れて行ってよ。おいもとか、保存のきくものは残さず掘っていこう」

「魔物は出ない、食べ物は取れる。天国のようなところではないですか。いっそここに住みませんか」


「そんないい場所だったら、村はなくなってねえんだよ」

 オウルはむっつりと言ったが、アベルだったら本当に棲みつきかねないとは思った。そして霊峰に新たな妖怪伝説を打ち立てるのだろう。


「えー、僕はムリ」

 のそのそと起きてきたハールーンが眠そうな顔で言った。髪がぼさぼさで、せっかく整った顔をしているのが台なしである。

「一日二日ならいいけどさあ。こんなあばら家で野草を食べて過ごすなんて、耐えられないなあ。僕、育ちがいいから」


「お前に言われたくない」

 オウルはさらにムスッとした顔になった。正直、ハールーンが姉と住んでいたオアシス都市の館よりよほどマシだと思う。建物は確かにハールーンの館のほうが立派だったが、内部の荒れようなら向こうのほうがひどかったと思う。


「さあさあ、早く朝食にいたしましょう」

 アベルが元気よく声をあげた。

「新しくタダの食材が手に入るのはとてもいいことです。ロハス殿に管理をお任せしておくと、しなびた野菜と腐る寸前の肉しか食べられませんからな。さあさあオウル殿、食事を作ってください」

 かけ声だけは大きいが、自分では作らないのだった、この男は。


 それでも安全を担保するためには積極的に調理に関わらせたい人材ではないので、オウルとロハスは今日も黙って食事の準備をした。六人しかいないパーティなのに、仕事を任せられない人材が多すぎるのではないだろうかといつものことだがオウルは思った。


「ところで、これからどうするの」

 朝食を食べながらロハスがたずねた。

「確かにここなら通報されるのを恐れずにのびのび過ごせるけど。逆を言えば、もし誰かが追ってきたら逃げ場がないんじゃない?」


 罪人として手配された彼らには賞金がかけられている。ちなみにアベルにかけられた賞金が一番高くて五十ゴル、ティンラッドとハールーンが二十ゴルで、オウルとロハスは五ゴルだった。アベルにかけられた金額は『十人くらい殺しているのか』と思うような大金なので、賞金稼ぎに追われることは十分にあり得る。


「追ってきてくれたら暇つぶしになるな。来てくれるといいな」

 ティンラッドが期待するように言ったが、それは一般的な感想ではないので皆が無視する。


「考えもなしにこんな山奥まで連れてきたわけじゃねえよ」

 オウルは言った。

「お山……クゥインセルのすそ野に少し入って、南の森に下ろうと思うんだ。道なんかないだろうが、そこを突き抜ければ南の街道に出られると思うんだ」


「ふむ」

 バルガスがちょっと考えた。

「正規の街道の要所は、みな見張られているだろうからな。オウル君の作戦が成功すれば、我々は大神殿の裏をかき、彼らの思いもしない場所に出られるわけか」


「ええと、質問なんだけど」

 ロハスが片手を上げた。

「それって、歩きやすい道なのかな。『道なんかない』って言われた気がするんだけど。オレ、昨日の山登りで打ち身だらけになって、そのうえ体じゅうが痛いんだけど」


「あきらめろ」

 オウルは言った。

「俺だってそんな道なき道を行きたくねえよ。だが当座、神殿からの追っ手を振り切るにはそれくらいしか方法が浮かばないんだよ。もっといい考えがあるなら言ってみろ」


「ないけど」

 ロハスはがっくりした様子になった。

「商売であちこち歩いたけど、オレは正直でまっとうな商人だからあやしい裏道とか知らないし。魔物が出にくい広い街道しか歩いたことがないもんね」


「いいんじゃない、オウルの案で」

 ハールーンが言った。

「とにかく追っ手を一度きちんと振り切らないと、身動きがつかないし。次に何をするにしても、後ろから追い立てられて走るのはイヤだもの」


「そうだな」

 みなの発言を聞いていたティンラッドがうなずく。

「逃げるより、こっちから仕掛けたほうが面白いな。よし、オウルの言った道を進もう」


 ロハスとアベルがため息をついた。

「あのう。なるべく危険の少ないやり方でお願いしますぞ」

 おそるおそる言うアベルに、

「あんたのせいでこんな面倒くさいことになったんだよ。文句を言うな」

 オウルはつっけんどんに対応する。


「懸念されるのは森の中で方向を失うことだが。霊峰の南側はどうなっているのかね」

 バルガスがたずねる。

「俺も地図で見たことがあるだけだが。魔磁針で方角を確認しながら進めば大丈夫だろう。木に登れば大きな目印も見えるんだしな」

 オウルは窓の外を見ながら答えた。そこからはクゥインセルの山すそが見える。


「わかった」

 ロハスがこの世の苦悩を一身に背負ったような表情で言った。

「船長が行くって言ったんだから、オレもあきらめるよ。でも、出発はきちんと準備を整えてから。この村で集められるだけの食料を集めて、使えそうなものも集める。それからだよ」


「おい」

 オウルは呆れた。

「お前まさか、空き巣を働く気か」

「別に小銭が残ってないか探したりするわけじゃないよ。でも綱とか薬とか、残っていてまだ使えそうなものがあれば使わせてもらうべきだと思う。道もないところを進むなら、魔物が出なくたって危険があるかもしれないんだし」

 ロハスはきっぱりと言った。


「そうですぞ。残していったということは、不要なものであるのでしょうし。このまま村に残しておいても風雨にさらされ朽ちていくだけになるかもしれません。それよりは使ってあげたほうが道具のためです」

 アベルももっともらしいことを言う。

「ですから探しましょう。小銭とかも私は役に立つと思いますぞ」


「ダメだこいつは。根本の思考が犯罪者だ」

 オウルはため息をついた。こんな人間が大神殿で神官になれるのだから、世も末である。

「僕はどっちでもいいけどさ。小銭をもらって行こうが行くまいが」

 ハールーンがどうでもよさそうに言った。どうでもよさそうなのもどうなのか。やはりこのパーティは倫理観に問題のある人間しかいない。


「先に考えることがあるんじゃない」

 青い目が冷たく光る。仲間たちはハールーンの顔を見た。


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