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第41話 霊峰のふもと -8-

 パチッと音を立てて、たき火がはぜた。ロハスが思い出したようにおきをかき混ぜ、新しい木材を火にくべる。

「商人は毎年、春と秋に山を登ってやって来た。でもある年、いくら待ってもそいつは来なかったんだ。あてにしている商品もあるから、来てくれないと村のほうでも困る。ひと月くらい待ってから、村の男たちが山を下って様子を見に行った」


「一大決心だったのですな」

「いや、別に村の人間もここにこもりきりってわけじゃねえから。親戚を訪ねて行ったり、町長の息子が町の学校に行っていたり、なんだかんだで年に数回は誰かしらが外に行ったから。田舎だからってバカにするなよ」

 とオウルは言ったが、『年に数回しか共同体の成員が他の町や村に行かない』というのは十分、とんでもない田舎の証拠ではないのだろうかと他の皆は思った。あえて口には出さなかったが。


「そのころは、道ももっと整備されていて、商人もロバに小さい荷車を引かせてきたんだよ。まあ、それで下の村で話を聞いた男たちは、商人がとっくに山を登ったはずだと聞かされた。それでもう一度注意して山道を登って、壊れた荷車や引き裂かれた服の切れ端を見つけた。結局、熊か狼に襲われたんだろうという話になった」


「昔は、けもの避けや盗賊除けのまじないをかけてもらっただけで、ひとりで旅をする商人が多かったよねえ」

 ロハスが嘆息する。

「今では考えられないですな。不用心きわまります」

 アベルが沈痛な表情でうなずく。


「それでどうしたのかね」

 バルガスが話の続きをうながした。

「いや、どうしようもねえよ。死んだ商人は気の毒だが、どうしようもねえ。新しい商人が来るのを待つしかねえが、一年くらいは誰も来なかった。その間は、どうしても必要なものがあれば大人が山を下りて、町の店に直接買いに行ったりもしたが、みんなあんまりやりたがらなかったよ。いつも来ていた商人の売値と違って、町の店は高いって言ってたし。いろいろ勝手が違ってやりにくいんだと」


「地方まわりの商人は、その土地の人たちの懐具合も把握していて払える範囲での商売をするから」

 ロハスが言った。

「そうしないと信用されなくて、長続きする商売は出来ないからね。オレもそういう人について修行したことがあるけど、あれはあれで面白かったよ。今はそういう商人はいなくなっちゃったね。もったいないと思うよ」


「なぜいなくなったのです?」

 アベルが首をかしげる。

「辺境に住まう方々に物資を届けるというのは大切な仕事では」


「いや、だから。魔物が出るようになったからだよ」

 ロハスは『なんでそんな簡単なことがわからないんだ』という口調になった。

「別の町に行き来するのが、昔とは段違いに命がけになったでしょ。商売のために旅をするのも、大人数でパーティを組んで、戦士や魔術師を雇い入れるのが基本になった。その分、経費が余計にかかるんだよ」


「なるほど?」

 アベルはますます首をかしげる。口にした言葉とは裏腹に、あまりよくわかってはいなさそうだ。

「だからね。こういうところに来る商人は、オウルが言ったみたいに身一つでロバに荷車を引かせてあちこちの村を回るものだったんだよ。自分の家とかもなくて、年がら年中旅をして暮らしているみたいな人が多かった。そうやって、輸送や暮らしにかかる経費を最小限にしてるから成り立っていたんだよ」


 ロハスは仕方なさそうに説明を続ける。

「大きなパーティを組んだらそうはいかないでしょ。雇った戦士や魔術師には報酬を払わなきゃいけないし、ゴハンも食べさせないといけない。お金がかかる。自然に商売はたくさんの商品を、たくさん売れる大きな町にだけ持ち込んでやるのが当たり前になった」


「ふむう」

 アベルはますます首をかしげた。

「よくわかりませんが、とにかく魔物が出るようになったことで困ったことになったのですな」

「うん、まあ。それだけわかってくれたなら、それでいいや」

 ロハスはため息をつく。面倒くさくなった様子である。


「魔物が出るのは面白いんだが、商売や航海に支障が出るようになったのは困るなあ」

 ティンラッドが特殊な感想を述べた。

「私のような人間にとっては、生まれた村に縛り付けられずに生計を立てられる途が増えたのは悪いことではないがね」

 バルガスも言う。


「船長やバルガスさんは強いからいいけどさあ」

 ロハスはうんざりした表情になった。

「普通の人間には大したことだったんだよ。人生が変わっちゃうくらいにはさ」


「そうだなあ」

 オウルもうなずいた。人生が変わってしまう。まさにそのとおりだと身に染みた。

「何度か行き来している間に、魔物があちこちに出るようになったらしいという噂はこの村にも伝わってきたんだよ。それで用心するようにもなったんだが、村や村のまわりでは被害はなかった。山を下りる途中で襲われた連中もいたが、もともと猟の心得のある連中だからケガをしたくらいで無事に帰って来てた。だからあんまり、魔物時代の実感はなかったよ。そのころは」


「ふむふむ。聖地のご加護ですな」

 アベルが得意そうに言う。

「別にあんたの手柄じゃねえが、村の大人たちも同じように言っていた」

 オウルは不機嫌に言った。


「一年経って、ようやく新しい商人が来た。だけどそれは、前の商人みたいな気のいいオヤジじゃなかった。見るからにならずもので、一緒に来た用心棒の戦士たちは更にまっとうな感じがしなかった。そいつらは村の大人を集めて言ったんだ。今すぐ前の商人にした借金を払え、一年分の利子も一緒にだ。事情が変わったから利子は十倍だ、と」


「うわあ。それはボラれてるよ。確かに魔物が出るようになって、どこでも利率は上がったけど、いいところ三倍だよ。十倍は暴利すぎるよ」

 ロハスが驚愕のうめき声を上げる。

「だろうよ」

 オウルも苦い顔で言う。


「けど、商人とはそれまで口約束でやって来たんだ。そうなったら言ったもの勝ちなんだよ。相手は『払えないなら村中を略奪する』って態度で来てたしな。けど、村中の金をかき集めたって、そいつらが言うような額は払えない。村長が何日もかけて粘り強く交渉して、少しは支払いを待ってもらえることになった。だけど、手付金は取られた。どこの家も、一番金になりそうなものを取られた。家畜だったり、装飾品だったり、それぞれの家で違ったけどな。で、俺の家はなんにもなかったから」


「オウルが売られたんだな」

 ティンラッドが言った。オウルはうなずいた。

「そう。そのときは別にいいと思ったんだけどな。五つ下の妹がいたんだが、そいつが売られるよりはいいと思ったし。村の外を見てみたいと思う気持ちもあったんだ」


 荒れ果てた家の中を見回して、ぽつりと付け加える。

「働いて借金を返し終わったら帰れるって話だったし。兄貴も外に働きに行くと言ってた。二度と帰ってこられないなんて、家を出た朝には思いもしなかったよ」


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