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第41話 霊峰のふもと -6-

 与太話だとオウルが嗤う、『伝説の剣』の物語を肴に食事は進んだ。皆が疲れていたせいもあり、酒のまわりも早い。普段ならそれほど盛り上がる話題でもなかったかもしれないが、妙にみんなが乗ってきた。


「そうか。あの山に登っても今は剣はないのか」

 一番、伝説の剣が気になってたまらないのはティンラッドなのだが。『伝説の剣は持ち出されて行方知れず』という情報にすっかり意気消沈してしまった。

「まあまあ船長。どこかの武器屋で、特価で売り出されているかもしれませんし」

 そう言って慰めるアベルは、『僕なら売り払う』というハールーンの意見を鵜吞みにしているようだ。


 だが『中古品として特価で売り出されている伝説の剣』というのはどうなのだろうか、とオウルは思った。船長が変な方向に暴走すると面倒なので口には出さないが、ありがたみがゼロな気がする。そんなものでも欲しいのだろうか、この困ったオッサンは。


「町や村で武器屋を見て回ったりするのもいいかもしれないけど。もし価値を知らない商人の手に渡っていたらとんでもない掘り出し物だし」

 夢見る表情で言ってからロハスは、

「って、今は堂々と武器屋で商品を物色したりできないんじゃん……。ああ、オレはもう生きている甲斐がないよ」

 ティンラッドの五倍くらい打ちひしがれた様子になった。かわいそうになるくらいである。


 大神殿から(おおよそ無実でありながら)罪人として手配される、という状況で誰よりも打撃を受けたのは間違いなくロハスであろう。それが自分でなかったのはちょっと悔しい気もするが、認めざるを得ないとオウルは思う。


「大丈夫だよロハス。そういう出どころのアヤシイ品は、故買屋のほうが多く扱っているって」

 ハールーンが商人の肩を叩いてそう言うのは、なぐさめているつもりなのだろうか。残念ながら、その言葉ではロハスの表情はあまり明るくならなかった。

 

「オウル殿としてはやはり、生まれ故郷ゆかりの品に戻ってきてもらいたいでしょうなあ」

 隙あらば酒瓶を独占しようとしつつ、アベルがオウルに話を振ってくる。もちろん独占は許されず、みな容赦なく『元』神官から酒瓶を奪い取っていくのだが。


「どうでもいいよ、話したとおり俺がものごころついたときにはもう山の上にもなかったんだし」

 オウルは肩をすくめた。

「思い入れも何もねえ。神官とか村長とか、村には誰か思い入れのあるやつもいたかもしれないが、その村自体がこのありさまだしな」


「そういえば、この村からはどうして人がいなくなっちゃったのさ」

 ハールーンが直球で疑問を口にした。すっかり酔いが回った変態暗殺者の頭からは『微妙な話題を避ける気遣い』など吹き飛んでしまった様子である。

「僕の故郷も、姉さまと僕を残して無人になってしまったけれど……。ああ姉さま、僕の美しくて優しい姉さま……」


 造作の整った顔を真っ赤にした彼は、自分の口にした言葉をきっかけに愛してやまない実姉の幻影に落ち込んでいってしまった。

 その間隙に一瞬パーティの面々が目を見かわし、何ごとかの了承が行われたかのように、

「我々も疑問に思っていた。あの街は魔物に襲われて滅びたのだとハールーン君が言ったが、ここにはそんな形跡はない。君の認識としても、この場所は『魔物に襲われにくい』ところのようだ」

 バルガスが切り込んだ。

「ここにはいったい何が起こったのか、聞いても良いかね? オウル君」


 オウルは無表情に仲間たちを眺めて、手元の盃から一口、酒を飲んだ。

「……別に。特別なことは何もないさ」

「何もないのに村が無人にはならないだろう」

 ティンラッドもたずねる。オウルはため息をついた。


「だから、『特別なことは』ないんだって。簡単に言えば、ロハスの実家と同じだよ」

「ああ」

 ロハスも暗いため息をついた。

「もしかしたらそうなんじゃないかなって思ってた。ちょっと山奥すぎるけど、このあたりは『神の秤商会』のナワバリだよね」


 それはロハスの実家の商売を姉ごと吸収した、内海周辺で威をふるう金貸し商会の屋号である。

 オウルはうなずいた。

「今となっちゃあ、大神殿から手配された身だ。同じことだから言っちまうが……。実は、俺は昔、借金のカタに『神の秤商会』の下請けに売り飛ばされたことがあるんだ」


 あっさりと言う。ロハスがもう一度ため息をついた。

「オレの実家とか、姉ちゃんの家に行ったあたりでオウルはいつも顔を隠してたよね。あれは『神の秤商会』の看板を見たからか」

「ああ。店の名前はともかく、あの天秤の印は覚えていたからな。売られたときは十四、五だったとはいえ、万が一見つかったらと思うと気が気じゃなかったんだ」


 アベルがさりげなく背中側に置こうとしていた酒瓶をひったくり、オウルは自分の盃を満たす。

「村まで来てたのは、今思えば下請けの下請けみたいな連中だったから、そんな心配は要らなかったかもしれないがな」

 注いだ酒をあおって、


「村から買い手のところに連れていかれる途中で、魔物に襲われてな。商人と、そいつの雇った用心棒はあっという間に殺された。俺は魔物が死んだやつらを喰っている間に逃げ出した。後ろ手に縛られたままでもう一歩も進めなくなるまで走って、道端に倒れてるところを旅の魔術師に手当てされた。そいつが俺の最初の師匠だ」

 ひと息に話した。ずっと腹にためていたものを吐き出したような、深い吐息が後に続いた。


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