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第41話 霊峰のふもと -5-

 伝説の剣の話を聞いた途端に、ティンラッドの空腹は吹き飛んだ様子である。船長を落ち着かせるためにロハスはイモと野菜の煮物を山盛りによそい、ついでに新しい酒も開けなくてはならなくなった。


「ほらほら船長、まずは飲みましょう。腹が減っては戦は出来ぬと申しますし」

 飲み食いしたいだけのアベルがそう言ってティンラッドをなだめる。こういうときのアベルはとても頼りになる。『人(と自分)を飲食の席につなぎとめること』になみなみならぬ才能と情熱を持っているのだ。


 アベルにかかれば血で血を洗う決戦を前にした長年の宿敵同士も、一緒に鍋をつついて酒を飲むことになるかもしれない。

「しかたないなあ」

 ティンラッドも渋々と注がれた酒を口にした。


「俺の言い方が悪かったよ。すまん、その剣はもうないんだ」

 落ち着いたところでオウルは頭を下げる。

「たしかにそういう伝説はあったし、剣も一応はあったらしいんだが。二十年くらい前に、腕利きの剣士がクゥインセルの峰に挑んで、その祭壇に行きついたそうなんだ。『この剣を使って名を馳せたら返しに戻ってくる』と言って出て行って、それっきりらしい」


「なんと。神にささげられた伝説の剣を借りたまま返さないとは。許しがたい話ですな」

 アベルが憤慨し、

「あー。それ、もう売られちゃってるね。売られてる売られてる、僕ならすぐに売り飛ばす」

 もう酔っぱらっているらしいハールーンが、白い頬をうっすら赤く染めながら無責任に言い切った。


「ないのか。つまらない」

 ティンラッドはがっかりした顔になる。

「だから悪かったよ」

 オウルはもう一度あやまった。そんなに食いつくティンラッドも、いい年の男としてどうなのかと思わないでもないが、予想できなかった自分も悪い。というか十分に予想できる事態だったので自重するべきだった。


「見たかったなあ。伝説の剣というのは、どんなものだったのかな」

 とても残念そうな顔をするので、

「さあなあ、俺も見たことがあるわけじゃないからな」

 オウルもつい同情して、相手をしてしまう。


「村の年寄りから話を聞いたことがあるだけだし、普段から話を盛る爺婆たちだったからなあ。だけど、そいつらから聞いた話だと、伝説の剣はまず、大きかったらしい」

「大きいのか」

 ティンラッドは興味津々だ。オウルはうなずいた。

「ああ。普通の剣みたいに、腰につけるのは難しかったって話だ。手に入れた剣士は大柄な男だったが、背中に斜めにかけて持ち運んで立っていうぜ。こんな風に」


 オウルは魔術用の杖を背中に斜めに掛けて見せた。

「ふうん、なるほど」

 ティンラッドは感心したようにあごをなでる。

「そうすると、戦闘のときは」

 右腕を振り上げ、想像上の『背中に掛けた剣』の柄をつかむ素振りをして、

「こんな風に引き抜くことになるなあ。最初から振りかぶる形になるから、膂力がないと使いこなせないな」

 と考え深げにうなずく。


「そんな大きな剣、ジャマになるだけだよ」

 ハールーンが異議を申し立てた。

「使いにくいし、重いし、いいことないじゃない。僕だったらわざわざ祭壇から持ち出そうと思わないな」


「確かに、敵を闇夜に後ろから短刀で刺すハールーン君の流儀とは正反対だろうが」

 バルガスが含み笑いをした。

「大きさと重さはそれだけで威力があるからな。使い手によるが、そう馬鹿にしたものでもないかもしれない」


「それがさ」

 酒をぐびりと飲み干して、オウルは言う。

「軽かったらしいんだな、これが」


「軽かった?」

 ティンラッドとバルガスが驚いた顔をし、

「わかった。偽物だったんでしょ。見た目だけ立派な、中身はスカスカのハリボテだったんだ」

 ハールーンが機嫌良く言う。

「神殿のお飾りによくあるよね。なーんだ、伝説の剣なんて言ってもそんなものかあ」

 やけに嬉しそうだ。酒が入っているとはいえ、こいつはつくづく性格が悪いとオウルは思った。


「そうじゃない。村の力自慢が振り回そうとしても持ち上がらないけれど、クゥインセルから持ち帰った剣士だけには普通の剣のように扱えたというんだな。『選ばれた勇士にしか扱えない剣』ってやつだったんだ」

 オウルの言葉に、仲間たちは互いに顔を見合わせる。


「さすがにそれは眉唾だなあ」

「うん。売り飛ばすときの売り文句にもならないよ」

「まるっきりおとぎ話ではありませんか」

「いや、その剣士がものすごい力持ちだったのかもしれないぞ」


 口々に勝手なことを言い出す面々に、

「だから、爺さん婆さんのバカ話だって言ってるだろ。話は盛られてるよ、どの程度かはわからないけどな」

 オウルも肩をすくめた。

「他にもいろいろ言ってたぜ。その剣は『炎の剣』とか何とかそんな名前がついていて、鞘から抜くと刀身から炎が立ち上り、斬ったものを焼いたのだとか」


「ええー」

「いちいち火が出るの? 使いにくそう」

「あ、しかし火打石の代わりに重宝するのでは」

 大笑いになった。


「その程度の与太話だよ。本気にすんな」

 皆が笑い終えると、オウルはそう言って話を締めた。

「だいたい『炎の剣』とか……いや、『炎熱の剣』だったかな、忘れた。名前とかついているのがおかしいだろうが。おとぎ話だよ」


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