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第41話 霊峰のふもと -3-

「おい、こら。掃除もメシの支度も出来てねえじゃないかよ」

 戻ってきたオウルは一番にそう文句を言った。

「こう見えても努力したんだよ。主にオレとバルガスさんが」

 ロハスが主張する。予想通りアベルとハールーンは役に立たなかった。むしろ邪魔だった。


「火を起こそうと思ったんだけど。かまどが壊れちゃっててさあ」

 ロハスは土間にある、ひびの入った古いかまどを指す。

「オウルが帰ってこないのに勝手なことは出来ないし。とりあえず、床はキレイにしたけど、家具なんかは……」

 放置されて傷んだ椅子や机をチラリと見る。


「使うのは、少し手入れをしてからのほうがいいかなって、ウン。売り物にならないほどじゃないけど、修理した方がいいかなって思うんだ」

「お前の売り物になるかどうかの基準がひどいことはよくわかった」

 オウルはそう言って、かまどと家具をじろりとにらんでから、


「かまわねえ。こんなのもう使えないだろう。ゴミだ、ゴミ。これを焚きつけにして、土間でたき火をすればいい。あっちこっち穴が開いているから煙もこもらないだろう。いつもの野宿より、屋根と壁が一応あるだけマシだと思ってくれ」

 そう言って椅子をひとつ持ち上げ、力を入れて土間に叩きつけた。傷んでいた脚や背板が折れて、古い椅子はあっという間にバラバラになる。ロハスが悲鳴を上げた。


「なんてことをするんだ! 売り物にはなるって言ったじゃないか、そんなことをするくらいなら全部まとめてオレにタダで譲ってよ。必ず利益を出して見せるから」

「ふざけるな。金を払ってこんなゴミをつかまされる人間が出ると思ったらこっちの寝覚めが悪いだろうが。こんなもん全部ゴミだが、お前にだけは絶対に渡さねえ」

 

 オウルは不機嫌に言って、もう一脚、椅子をバラバラにする。ロハスがうめき声を上げたがそれも無視して三脚目も壊してからまとめて火をつけた。


「ほら、料理の道具を出せよ。畑に食えそうなイモや根菜があったから引っこ抜いてきた。誰も手入れをしてねえから貧相な出来だが、ないよりはいいだろ」

 オウルが泥だらけのイモや野菜を見せると、ようやくロハスは少し機嫌を直した。

「わかった。目の前で商品になるものを壊されたオレの心の傷は深いけど、タダで食べられる新鮮な食材でその傷を癒すよ。アベル、井戸に行ってこれを洗ってきて」


「なぜ私なのです」

 アベルは心外そうに言う。

「雨の中、険しい山道を進まされて私はもう疲労困憊なのですが。他に元気そうな方々がいるのですから、今日は私以外の人に……バルガス殿とか……」


「アベルは掃除で役に立たなかったじゃん」

 ロハスは非情に宣告した。

「ひとつくらいは仕事をしてよ。追われる身になって、オレたちはお金を手に入れる方法がないんだよ。商品はあっても商売が出来ない、こんな恐ろしい事態だっていうのに、役に立たない人に食べさせるゴハンはないよ」


「そんな、ロハス殿。冷たすぎますぞ」

 アベルは哀れっぽい声を出したが、ロハスは譲らない。

「早く行ってきて。あと、せっかくの食材を井戸に落っことしてきたりしたら、向こう三日間アベルのゴハンはなくなるから」

「も、もちろんそんなことはしませんぞ。私はこう見えても大神殿の三等神官、出来る男ですからな」


 アベルはイモと野菜を持って、急いで家の裏に向かって行った。大神殿でアベルの師やかつての同僚に出会ったことで、もともと微妙だった『大神殿の三等神官』の権威のメッキは完全にはがれ落ちたのだから、口にするのをやめればいいのにとオウルは思った。それにおそらく、神官の位はソラベルによって剝奪されているはずである。いまやアベルは完全無欠の『ニセ神官』なのだ。


「しかし、お前、やるな。あのクサレ神官に言うことを聞かせるとは」

 オウルは感心してロハスを見る。

「アベルはさあ。損をするのはキライだからね。野菜を洗ってくるくらいなら出来るでしょ」

 ロハスは肩をすくめる。


「その調子で、そっちの変態も使えるようにしてもらいたいもんだが」

 ボロボロになったじゅうたんの上で勝手にゴロゴロしているハールーンを、オウルは睨む。ロハスは諦めを含んだまなざしをして首を横に振った。


「ハルちゃんはダメ。野菜と一緒に自分まで井戸に落ちるような人だから。商売と暗殺以外には役に立たないよ、今は商売が出来ないから暗殺にしか役に立たないよ」

 それはつまり、日常生活では全く役に立たない人ということではないだろうかとオウルは思った。たぶんそれは正解なので、オウルの瞳にも諦めの光が浮かんだ。


「村を回った収穫は野菜だけかね」

 無言だったバルガスが、陰鬱に言う。

「うん。全部の建物を見て回ったが、誰もいなかった。魔物もいなかった。残念だ」

 ティンラッドがつまらなそうに言った。

「盗賊か、流れものか、誰かが一時的に忍び込んで荒らしたような跡もあったが、それも何年も前のものだ。この村はずいぶん長いこと無人だったようだな」


「イモを洗ってきましたぞ。案外うまそうですぞ」

 アベルの場違いな明るい声が響いた。ロハスはもう、鍋を火にかけ始めている。


「どうするかね。確か、村に着いたらこれからのことを相談しようという話だったと思うが」

 バルガスは唇の端を吊り上げ、揶揄するような口調で言う。

「私は腹が減ったぞ。まずは食事をしたい」

 ティンラッドが言った。


「僕も疲れた。そういうの、明日にしようよ。面倒くさい」

 ハールーンもどうでも良さそうに言う。バルガスは馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

「まあ、好きにすればいい。大神殿から手配されているのは君たちで、私ではないからな」 

 そうなのだ、とオウルは思った。城壁の外で荷物番をしていたおかげで、バルガスだけは『おおよそ無実の罪』で手配されるのを免れたのである。


 パーティ全員が被った冤罪を、闇の魔術師だけが逃れたという状況。

 何かが間違っている、とオウルは激しく思った。


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