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第41話 霊峰のふもと -2-

 ようやく雨が上がった山道をさらに進んで、一行がその『村』にたどり着いたのはその数時間後のことだった。

 ちなみに空は晴れても道はすぐには乾かない。ロハスはさらに二回転んで、非常に悲しげな顔をしていた。


「それで、ええと。村……なんだよね」

「村……なのでしょうかねえ」

 ハールーンとアベルが見渡して疑問形で言い合ったのは、仕方がないことである。


 山に囲まれた狭い土地に、ぽつりぽつりと小さな家があちこちに建っている。間にある畑には雑草が生い茂り、作物が育てられている様子はない。よく見れば家々も屋根に穴が開いていたり、壁が崩れていたりする。遠くに見える牧草地の囲いも壊れているようだ。

 そして大人も子供も、家畜の姿も見えない。


「ふうん。『元』村かな」

 ティンラッドが首をかしげ、

「廃村というやつだろうな」

 バルガスが端的に表現した。


「追われてるんだから、人がいないところのほうがいいだろうが。だからここに案内したんだ」

 オウルは奥のほうにあったひときわ小さな家に近づいて、扉を乱暴に蹴りつけた。はずれかけていた戸板は音を立てて倒れた。

「入れよ」

 振り向いて仲間たちに言う。


「ちょ、ちょっと乱暴ではありませんか、オウル殿」

 アベルがドン引きした表情になった。

「そこまでしなくとも。それに、いかにあばら家といえども誰か人がいたらどうするのです。怯えさせてしまうではありませんか。追われる身といえど我々は盗賊団ではありませんぞ」


「誰もいねえよ」

 オウルは吐き捨てるように言った。

「見ればわかるだろ。それに、ここは俺んちだ。誰からも文句を言われる筋合いはねえよ」

 自分で倒した戸板を持ち上げ、戸口の横に立てかける。


「だが、そうだな。一応、誰か残っていないか他の家の様子を見てくる。流れ者でも勝手に居ついていたら面倒だしな。お前ら、家に入って掃除をしてメシの用意をしとけ。ここいらは山に囲まれているから、日が暮れるのが早いんだ。あっという間に暗くなるぞ。サボらないでやっておけよ」

 言い捨てると背中を向け、スタスタと歩き出す。

「オウル。私も一緒に行こう」

 ティンラッドが後を追った。オウルはチラリと船長を見て、何も言わずにそのまま進んだ。


 二人の姿が一番近い家の中に消えるのを、残された仲間たちは見送った。

「……じゃあ、中に入ろうか」

 ハールーンが言った。

「オウルの家なら、遠慮しなくてもいいよね。あ、僕は育ちがいいから、掃除とかでは役に立たないから。みんな、よろしくね」


 ずかずかと入っていく後ろ姿からは、『もしオウルの家でなかったとしても、彼が遠慮などすることはないだろう』ということがまざまざと感じられた。


「確かに、日暮れは早そうだな」

 バルガスが空を見る。

 日の位置はまだ高いが、西に高い山がそびえている。もうすぐに太陽は稜線に接してしまうだろう。


「食事の支度も急いだほうがよろしいですかな」

 アベルがうなずく。

「仕方ありません、私の腕の見せどころですな。こう見えて私は掃除にはちょっとうるさいのです。なにしろ大神殿では我が師ソラベルさまのお部屋の掃除係を務めたのですから」


 その『我が師ソラベルさま』とやらが、彼ら一行を無実の罪(七割がた)で手配した張本人なのだが。アベルはあまり気にしてはいないようだ。オウルがいれば『気にしろ』とツッコんだだろうが、バルガスもロハスもあえて口には出さなかった。口に出しても、アベルが気にするとは思えないからである。要するに、面倒なのだ。


「では私がちょちょっと掃除をしますので、ロハス殿は食事の支度をお願いしますぞ。山道を登ったので腹が減りました。今日はあまり食材をケチらないでいただけませんかな」

 ちゃっかり要求をしていく。やはりアベルにとっては、手配されたのも些細なことであるらしい。

 家の中に姿を消した神官を見て、泥まみれで疲れ切った顔をしたロハスもため息をついて立ち上がった。


「オレも行くわ。アベルに任せておいて、家の中がきれいになるとは思えないし」

 そこのところには信頼感というか、『アベルに任せたらろくなことにならないだろう』という確信をパーティ全員が共有している。バルガスもうなずいた。


「ロハス君は先に、手足についたその泥をなんとかしたほうがいいな。近くに井戸があるのではないかね。裏に回ってみるか」

「うん。バルガスさん、一緒に来てよ。魔物はあまり出ないはずってオウルは言っていたけど、もし出たら困るし」

 バルガスは返事をしなかったが、黙ってロハスと一緒に小さな家のまわりを歩く。


 ロハスはちょっと目を細めて、ひときわ高くそびえたつ白い峰を見上げた。

「クゥインセルの霊峰かあ。オレの生まれた家からも、天気のいい日はてっぺんが見えたけど。こんなに近くで見ると、でっかすぎてなんだか恐ろしいね」

「そうかね」

 バルガスは興味がなさそうにあいづちを打つ。


「オウルはこんなところで育ったんだな。内海の南の山地だとは言っていたけど」

 ロハスはつぶやいて、荒れ果てた村の中を改めて見回す。オウルとティンラッドがかなり離れた別の家に入ろうとしているところだった。


「それがどうかしたかね」

「うん。オレの生まれた町もさびれたと思っていたけど、まだまだにぎやかだよなって思った。ああ、井戸があったよバルガスさん。でも桶が壊れてる」

「桶の代わりくらい、君なら持っているのではないかね」


「あるけどさあ。オレが持っているのは商品なんだよ。普段使いにするためじゃないんだよね」

「なければ困るなら、あるものを使うしかないのでは?」

 がちゃがちゃと言い合いながら、ロハスは水を汲んで汚れた手足を洗った。

 井戸水はとても冷たかった。


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