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第40話:逃走 -6-

 状況を話すとティンラッドは笑った。笑い過ぎて声を立てないよう我慢するのが辛そうだった。

 しかし、笑っている場合ではないのである。


「いつまでもあれが続くとは思えねえ」

 オウルはそう意見を言った。盗賊たちにも忍耐の限界というものがある。

「同感。動くなら早い方がいいね」

 ハールーンが同意する。

「やるなら僕も、暗い間の方が動きやすい」


「多勢に無勢という程の人数差ではないが、闇に紛れた方が有利ではあるだろうな」

 バルガスもうなずく。

「分かった。とにかく早く行こう」

 ティンラッドは今にも飛び込んでいきそうだ。

「あ、オレは人数に入れない方向で」

 ロハスがちゃっかり自己主張した。


「問題は人数配分をどうするかだが」

 バルガスはそう言ってティンラッドを見た。期待はしていなさそうな目付きだった。

「建物の中は、アベルの他は三人なんでしょ? だったら僕に任せてもらっていい。すぐに終わらせるよ」

 ハールーンがけだるげに肩をすくめた。

「オウル、付いてきて。中を暗くしてアベルを確保してほしいんだ。そういうの、魔術師なら得意でしょ」


「それくらいなら出来るだろうけどよ」

 オウルは助けを求めて視線をさまよわせる。出来るかもしれないが、進んで敵地に乗り込みたくはないのだ。しかし、

「では外の見張りは私と船長で片付けるか」

「それでかまわないぞ」

 話はどんどん進んでいく。


「建物の戸口を守っている者が二人いる。君はひとりで五人を相手にすることになるが、大丈夫かね。ハールーン君」

 バルガスの問いに、ハールーンは唇の端を吊り上げる。

「五人じゃない。戸口の『二人』と、中の『三人』でしょ。軽いね」

「ま、待て」

 オウルは恐る恐る口を挟んだ。


「どうだろう。魔術師が必要だって言うんならハールーンには先達がついて行って、俺は後詰めになった方がいいんじゃねえか」

「オウル君。適材適所という言葉を知っているかね」

 バルガスが冷たく言った。


「今回、建物に侵入して戦うのに一番適しているのはハールーン君に間違いないだろう。さて、それを踏まえてだ。私と交代したとして、外の見張りを倒す仕事を君は十分に果たせると言うわけだな。私と同じか、それ以上の成果を出せると」

 闇の魔術師は嫌味たらしく嗤う。

「大したものだ。だが、出来ることならその根拠を示していただきたい」

 オウルはうっと唸った。そう言われてしまうと、返す言葉がない。自分はただ前線に出たくないだけなのだ。


「別に、見張りと戦うのは私ひとりでもいいぞ」

 ティンラッドはいつもどおりの調子だが、

「ダメ。万一ということもある。バルガスさん、お願いします」

「うん。そっちで手間取って、僕の方に影響があっても面倒くさい。見張りはバルガスがやっつけて」

 総がかりでオウルの提案は潰された。


 バルガスが馬鹿にした笑みを浮かべているのが気に食わないが、腹をくくるしかなかった。

「ほら、さっさと行くよオウル」

 ハールーンは準備万端らしい。オウルも仕方なく杖を握り直したが。


「もうひとつだけ提案がある」

 ひとりだけ、後衛に残れたと思ってホッとした顔を浮かべているやつがいる。それがバルガスのうすら笑いより気に食わない。

「突入する時、おとりがあった方がいいと思うんだが。ひとり、手の空いてるやつがいるよな?」



「ではもう一度、きちんと繰り返してください。『神の力は偉大にして、その御手は全てに届く』。はい、復唱」

 あばら家の中でアベルは講義を続けていた。祈祷書を読みあげて復唱しろと言うだけの雑なものだが、本人は得意顔である。


 盗賊団の頭はいらいらしていた。必要なことを吐かせるまでは殺すなと依頼主から厳命されているから我慢しているが、そうでなければとっくになますにしている。だいたい、この男の話の通じなさは何なのだ。一緒にいればいるほど、同じ言葉を話していると思えなくなってくる。


 逆さ吊りにして痛めつけてやろうか。いやしかし、今の自分では怒りが抑えられず責め殺してしまいそうだ。それでは約束の大金が払ってもらえない。今回の仕事では有能な手下を何人も失った。せめて金くらいはしっかりふんだくらないと丸損になってしまう。

 腹立ちと利害の板挟みになって盗賊団の頭は煩悶した。その間もアベルが講義を続けているので余計にイライラする。


 突然、外からけたたましい音が響いた。鍋の蓋でも叩いているような音である。

「何だ、こりゃ。何の音だ」

 汚れた床に座っていた盗賊たちが腰を浮かした。

「これ。まだ勉学の途中ですぞ。気を散らしてはなりませぬ」

 アベルがたしなめる。


「うるせえ。俺たちはお祈りなんかどうでもいいんだって言っているだろう。それより、てめえはあの音が気にならないのか」

「気が散るのは信心が足りない証拠です」

 三等神官は子供を諭すように言った。


「信仰心を強く持てば、神の声以外の雑音に惑わされることはなくなります。さあ、きちんと座ってください。共に神の言葉を学びましょう」

 神の声しか聞こえない人はある意味まずい人なのでは。盗賊たちはそう思った。

 ダメだ、やはりこいつと会話は出来ない。

 意思疎通を諦めた盗賊の頭は、アベルを無視して窓際に向かう。これは明らかな異状だ。


 追っ手が来たのかもしれない。そういえば大神殿でこの神官と一緒にいた流れ者がやはり、大きな音を立てて不可解な攻撃をして来たのではなかったか。あまりの音量に、何が起きたのか把握するのもままならなかったが。


「お頭殿。学習中に席を立つのは行儀が悪いですぞ」

 神官がそう言った時、静かだった室内に風が吹いた。振り返る間もなく、ろうそくの明かりが消えた。


「な、何だ。誰が消した。何も見えねえ、どうにかしろ」

「火種を持っているのは誰だ。俺じゃねえぞ」

「これは何事ですか。早く明かりをつけてください」

 皆が一斉に叫ぶ。その中で、

「お頭、扉が開いて……うっ」

 と言った手下の声がくぐもって消えた。


「どうした」

 何とか状況を把握しようとして、盗賊の頭は聞き返す。その背中に鋭い痛みが走った。

 いつの間にか後ろに立っていた何者かの刃が、体を深くえぐっていく。

 反撃しようと腰の武器に手をやるより早く、彼の意識は刈り取られていった。



「皆さん。皆さん落ち着いて。こんな時こそ神の言葉を唱えるのです」

 誰よりも取り乱して大声を出していた神官の口が乱暴にふさがれる。そして、

「うるせえんだよ馬鹿野郎。いいからこっちへ来い、クサレ神官」

 という罵り声が耳元で聞こえた。


「その声はオウル殿。これはいったいどうしたことです。私は今、神官としての勤めの最中なのですが」

「とにかく黙れ」

 オウルはイライラして言った。

「助けに来たんだ。急げ、さっさとずらかるぞ」


 事情を話せと騒ぐアベルを建物から引きずり出すと、東の稜線が白み始めていた。

 見張りはすべて倒され、気を失った男たちをティンラッドが縄で縛っている。

 打楽器で盗賊団の注意を引きつけるという嫌な役目を押し付けられたロハスは、青い顔のままでティンラッドの後ろをウロウロしていた。そこが一番の安全地帯だと思っているのだろう。


「これはいったい何としたことですか」

 アベルは呆れたようにぽかんと口を開ける。

「いい加減に理解しろよ」

 呆れたのはこっちだと思いながら、オウルは忍耐強く言った。

「はめられたんだよ。俺たちは全員、お前の師匠に殺されるところだったんだ」


「はっは、ご冗談を」

 アベルは明るく笑った。

「小心者と陰口をたたかれることでは大神殿一を誇るソラベル様に、どうしてそのようなことが出来ましょう。笑い話としては出来が悪いですな」


 誰も返事をしない。アベルはほんの少し怪訝そうな表情になった。

「あのう、皆さん?」


「小心で臆病だからこそ、思い切った手段に訴えることがある」

 納屋の方から歩いて来たバルガスが、陰鬱に言った。

「よくある話だと思うが」


「バルガス殿。それはそのう……いやまさか……ですが……。あの、本当に?」

 アベルは急に不安そうになり、仲間たちの顔を順々に見る。

「お前が一番の標的だったんだよ」

 オウルは苦々しく言った。身近な相手に命を狙われたなど容易に信じられないかもしれないが、アベルは張本人なのである。さっさと飲み込んでもらわねば困る。


「そのようなこと想像も出来ませぬ。いったい何故です。どうしてソラベル様がそのようなことを」

「こっちがそれを聞きたいんだよ! 何をやらかしたんだ、この野郎」

 結局、怒鳴り散らしてしまった。ここまで抑えて来た怒りが爆発した。

 そしてアベルが相手なら、何が殺意の引き金になってもおかしくないと改めて気付いてしまった。


「ああ、疲れた」

 そこへ血まみれになったハールーンが廃屋から現れる。

「大したことなかったけど、大したものも持ってなかった。やっぱり裏稼業より表の稼業の人の方がいい物を持っているよね。盗賊とかダメだよ、貧乏人ばかりで」

 また犠牲者の懐を漁っていたらしい。


「それで、これからどうするの?」

 全員がティンラッドの顔を見た。


「納屋に馬がつながれている。十分な数だ」

 バルガスが言った。

「とにかく、身を隠すしかねえだろうな」

 オウルはため息をついた。

「門前町の店が開くくらいの時間には、手配の高札が出されると思うよ。神殿って、そういうところは仕事が早いもの」

 ロハスはがっくりと肩を落とす。


「そうだな。あの神官がアベルを捕まえたいならそうするだろうな」

 ティンラッドはそう言って大きな手をあごに当て、少し考える。それから、にやりと笑った。

「よし、いったん引いて態勢を整えよう。面白くなってきたじゃないか」


「全く面白くねえよ」

 オウルは愚痴った。アベルを睨みつける。

「クサレ神官のせいでこの始末だ。だから俺は、早くこいつと縁を切りたかったんだよ」

「わ、私は何も知りませんぞ」

 アベルはあわてて否定する。


「私が一番驚いているのです。そもそも、私が狙われたと言うならば被害者は私なのでは」

「一番の被害者は巻き込まれた俺たちだよ、馬鹿野郎」

 オウルはアベルの尻を蹴飛ばした。


「ほら、そうと決まったら急げ君たち。夜が明けきる前に大神殿の領内を出るぞ」

 ティンラッドが陽気に急き立てる。

 この先いったいどうなってしまうのか。朝日に照らされた空は明るく澄み渡っていたが、気ままな旅人からおたずね者へと立場を変えることになったオウルの気持ちは暗かった。



≪急告≫

 大神殿に侵入し狼藉を働いた罪状により以下の者を手配する。

 心当たりのある者は至急、最寄りの神殿または神殿自警団駐屯地へ知らされたし。



アベル 神官

 黒髪、黒目、中肉中背

 大神殿の三等神官を名乗る不届き者


ティンラッド 戦士

 黒髪、黒目、長身

 船長を名乗る

 刀使い

 一味の統率者


ハールーン 職業不明

 金髪、碧眼、細身

 人目を引く整った顔立ち

 観相鏡を受け付けない魔装を身に着けている

 短刀使い


オウル 魔術師

 見た目の特徴は不明、やや小柄

 頭巾で顔を覆っている


ロハス 商人

 黒髪、黒目、中肉中背

 値切りが長い



 ……彼らの未来に幸あれ。


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