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第40話:逃走 -4-

 追跡組の方は、バルガスが置きっぱなしにした天幕や野営用具を回収するのに少し時間がかかった。置いて行くことをロハスが許さなかったのだが、大神殿の防壁はまだ目の前なのでオウルはヒヤヒヤした。


「ケチくさいのも時と場合を考えろよ。捕まったら元も子もないだろう」

「ダメ。倹約は日々の習慣がものを言うんだよ。しかもこれ、オレが提供したモノなんだからね」

 ロハスも譲らない。

「何でそう緊張感がないんだよお前は」

 オウルが文句を言うと、

「あるよ、緊張感。むしろ大切な資産を置きっぱなしにしろって言うオウルの方が緊張感がないでしょう。一瞬の浪費が恐ろしい破産を招くんだよ」

 と言い返された。


 ようやく天幕が『なんでも収納袋』に入れられる。

 アベルを連れ去った男たち、そしてそれを追うバルガスは南に向かったとティンラッドが証言した。

「城壁を登りながら見ていたんだ。高いところだから松明の火が遠ざかっていくのがよく見えた。面白かった」

 楽しげに言う。何とかと煙は高いところが好きというやつかとオウルは思った。


 南に広がる森に向かう。

「確かこの辺りだと思ったなあ。灯りが見えなくなったのは」

 ティンラッドが言う場所を少し探すと、茂みの間に細い獣道が見つかった。新しい靴跡や折れた灌木の枝など、人が通ったも様子も見られる。


 彼らはとりあえずその道をたどった。オウルは、バルガスが残した目印がないかと魔力の痕跡を探す。

「歩きにくいなあ。真っ暗だし」

 ロハスが文句を言った。夜目のきくハールーンが前を歩いているが、星明りだけで木下闇を進むのは確かに辛い。

「オウル、魔術でもっと明るく出来ないの」


「追手が出ていたら見つかりやすくなるぞ」

 オウルはぶっきらぼうに言った。ロハスがため息をつく。

「それなんだよねえ。何でこんなことになっちゃったんだか」

 どうやら彼もオウルと同じく、その問題から当面は目をそらすことにしていた様子である。


「分からねえ。分からねえけど、多分アベルが原因だ」

 他に考えられない。

「だから、あんなやつを仲間にするなって俺は前から言っていたんだ」

 それを聞いて、

「じゃあ見捨てる?」

 ハールーンがなぜか嬉しそうに足を止める。しかしロハスは陰鬱に、

「意味ないよ」

 と首を横に振った。


「ハルちゃんが自警団員を倒したり大神殿の神官を騙ったりしちゃったんだもん。自警団員とやり合ったのは最悪ワイロでなんとかなるかもしれないけど、神官を騙るのは刑罰の対象だよ。オレたち、もう罪人なんだよ」


 そうなのだ。ニセ神官は取り締まりの対象だ。神殿はもちろん、各地の領主も捕縛対象にしている。

「仕方ないよね。あの時は他に方法がなかったでしょ?」

 当のハールーンは気楽に流す。

「一等神官が僕たちを陥れようとしていた時点で終わってたんだよ。罪状なんて向こうが好きにでっち上げられるんだから、細かいことを気にしても仕方がないって」

 笑っている。


 それは確かにそうなのだ。逃げるしかなかったし、他に妙案もなかった。ティンラッドが自警団員と正面からぶつかって突破する気満々であったくらいで、ハールーンのやったことと五十歩百歩である。


「分かってるよ。分かってるから憂鬱なんだよ。ああ、もうセリアに顔向けできない」

 ロハスはもう一度ため息をつく。

 どうせ二歳の姪の記憶にロハスの存在は大して残っていないと思うが、それでも何となくいたたまれなくなってオウルは話題を変えることにした。


「そう言えば、お前あれどうやったんだ。自警団員を黙らせたやつ。何の手品だ」

 ハールーンに尋ねる。

「ああ、あれ? うーん、教えようかなあ、どうしようかなあ」

 砂漠の暗殺者は慎重に道を見定めながら、からかうように言葉を転がす。

「もったいぶるんじゃねえ」

「そうだな。私も聞きたいぞ」


 ティンラッドが言葉を添えるとようやく、

「船長が言うなら仕方ないなあ」

 彼は肩をすくめた。


「実を言うと大したことじゃないんだけどね。神官たちが非常時に使う特別な符牒があるって話は、みんなも聞いたことがあると思うけど」

 当たり前のように言われたが、オウルは首を横に振った。ロハスもティンラッドも同じようにしている。

「知らないんだ」

 ハールーンは意外そうである。

「昔からのものだから、噂くらいは聞いているだろうって思ったんだけど」


「お前が神官だけが知っている符牒だって言ったんだよ。今、ここに神官はいねえよ」

 オウルが言うと、ハールーンは『それもそうか』と軽く返す。

「僕のひいおじいさまが太守を務めていた時に、神殿神官といろいろ揉めたらしくてね。いざこざの末にそういうものがあるって探り出したそうなんだ。で、それを逆用してその神官をサラワンから追い出したんだけど」


 それは『逆用』ではなく『悪用』だったのではないだろうかとオウルは思った。ハールーンがあくどい上にやり口がえぐいのは、どうやら先祖代々受け継がれてきたもののようだ。


「で、それがコレ」

 そう言ってハールーンは懐から何かを取り出したが、

「真っ暗で見えねえ」

「うん。見えない」

「もっと明るいところで見せて」

 全員から抗議が出た。


「だって、みんなが話せって言うから」

「話は聞こえるけど、細かいものは見えないよ。せめて森を出てからにして」

「いや、夜が明けてからの方がいいんじゃないかなあ」

「で、結局それは何なんだ」

 正門のところでは黒い木の札に見えた。


「うーん。何かって言われたら、ただの木の札だよ」

 ハールーンは肩をすくめた。

「ただし最高級の樹脂で塗装されていて、大神殿の紋章と『これを見し者みな神の前にひざまずけ』って神聖文字が螺鈿細工で刻まれている。意味を知らなければ『値の張りそうな細工物だな』って思うくらいだけれど」


「待て。何でそんなものをお前が持ってるんだ」

 オウルが聞くと、

「さっき門前町で倒した自警団の隊長が持ってたんだよ」

 相変わらず軽くハールーンは答える。


「中味は知らなかったろうけどね。封筒に入ってて、大神殿の印章入りの封蝋がそのままになってたから。多分、ソラベル一等神官に『いざという時まで開けるな』とか言われて渡されてたんだろう。そこそこ気心の知れた手下ではあったんだろうけど、何もかも話すほどの相手じゃなかったんだろうな。あんな嘘に乗せられる間抜けじゃ無理もないけど」

 そう言えばハールーンは、倒した自警団員の懐を探っていたのだった。


「僕は昔、ひいおじいさまが手に入れた符牒の現物を見せられたことがあったからね。すぐに何だか分かったよ。だから役に立つと思ってもらって来たんだ。僕の家に伝えられてきたものの方は、父さまや母さまが亡くなった時の騒ぎでいつの間にか見つからなくなってしまったのだけれど」

 少し懐かしそうに言う。

 だが、そんなことでハールーンとその一族の抜け目なさは帳消しにはならないとオウルは思うのだった。


「お前……財布だけじゃなく、そんな物まで。あの短い時間で、どこまで相手からふんだくってるんだよ」

「え? 敵から根こそぎ奪い尽くすのは基本でしょ。特に偉そうなヤツの持ち物はしっかり確認しないと。いい物を持っている可能性が高いからね」

 常識だと言わんばかりの態度である。


「適当に発行して、なくなりましたじゃ済まないものらしいから。ソラベル神官も、正門を出たのは自分の使いだと言い張るしかないと思うよ。追っ手が来るまでの時間も少しは稼げると思う。ほらね、僕、役に立つでしょ」

 ホメてホメて。そう言わんばかりに鼻を高くするハールーン。

 確かに役には立っているのだが、その立ち方が問題ではないだろうか。オウルはそう思わずにいられなかった。


「分かれ道のようだぞ」

 ハールーンの後ろを歩いていたティンラッドが注意を促す。

 オウルはあわてて辺りを慎重に探った。やがて魔力の気配を見つけ出す。

 下草の間の石に、魔術師同士が使う通信の術を試してみた。『右』という文字が一瞬輝きながら浮かび上がり、すぐに消えた。



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