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第39話:襲撃 -3-

 五対二で迎え撃つ。

 敵の得物はほぼ短剣、ひとりが中剣を持っている。室内戦なら妥当な装備だ。

 ティンラッドの刀は、この場ではやや長すぎる。短刀投げと接近戦の使い分けが持ち味のハールーンも、敵との距離が詰まった今の状況では動きが制限される。


 黒衣に身を固めた侵入者たちはじりじりと間合いを詰めてくる。ティンラッドが武器を大きく振り上げた。そのため体の前面が開く。得たりとばかりに敵は短刀を突き出した。


「遅いよ」

 低い声が囁く。

 刃がティンラッドに届く前に、飛び込んできたハールーンが相手の心臓を穿った。侵入者は呻き声を上げて崩れ落ちる。

 倒れた男の後ろから新たな敵が魔物使いの首を狙う。その眉間に『新月』の黒い刃先が突き刺さる。

 あっという間に三対二になった。


 ハールーンは敵を見据えたまま息を整える。即興の連携にしては上手くいった。だが戦闘好きの船長はともかく、暗殺者の彼にとって正面切っての戦いが続くのは苦痛だ。

 それに、

「……船長」

「ああ。気付いている」


 廊下に新しい気配が増えつつあった。内殿の神官たちではない。音もなくひそやかに近付いてくるのは後ろ暗いところがある証だ。

 これ以上はきついな。ハールーンはそう思う。こちらは足手まといを三人も抱えているのだ。ひとりであれば逃げ出すことも活路を開くことも容易いのに、仲間がいるばかりに選択肢が少なくなる。


 愛おしい、美しい姉を守るためならばどんなに傷付いたって戦える。けれど役にも立たない男たち三人をかばっても気分が上がらない。むしろ見捨てたくなってくる。

(でも船長はそうしないんだろうな)

 考えるとため息が出そうになった。それだけでも隙になるので我慢して、敵の動きを読むことに集中する。


「船長。ハールーン」

 後ろからオウルの声がした。ようやくロハスを起こすことに成功した彼は、アベルを起こす役目をそちらに引き継いだらしい。

「もうちょっとだけ頑張ってくれ。今、神官たちを呼ぶ。大勢で囲めば何とかなるだろ」


 彼の寝台の横に、呼び鈴の紐が下がっていたはずだ。緊急用ではなく、宿泊客(おそらくは身分の高い者を想定)が身の回りのことで下級神官たちに頼みごとをしたい時に使うためのものだろうが、この際それはどうでもいい。

 大切なのは『これを引けば人が来る』という事実だ。異状にさえ気付いてもらえれば、どうにでもなる。内殿には多くの神官が起居しているのだから。


「無駄だよ」

 紐をつかんだ瞬間、ハールーンの冷たい声が投げつけられた。

「そんなもの、とっくに切られてる」

 そのとおりだった。力任せに引っ張った呼び紐は、何の手ごたえもなくオウルの手の中に落ちてくる。


「準備は万端なんだよ」

 振り返らぬまま面倒くさそうな声で、ハールーンは続ける。

「よく考えてみなよ。こいつらは神殿の『中』から襲ってきてるんだよ」


 その言葉をオウルはちょっと考える。

 確かに敵がやって来るのは、窓からではなく廊下側だ。つまりそれは、大神殿のいくつもの建物をくぐり抜けて賊が侵入しているということだ。

「まさか、もう神官たちは襲われちまってるのか」

 愕然としたオウルの言葉に、背中を向けたままでハールーンは肩をすくめた。

「ああ、その可能性もあるよね。どっちにしても、僕たちは袋のネズミってところさ」


 含みのある言い方だった。オウルは眉を寄せる。だが高く響く金属音が、今はゆっくり考えている場合ではないと声高に告げる。

 ティンラッドとハールーンがいくら敵を倒しても、新手が押し寄せてくるなら状況は変わらない。

 オウルは舌打ちした。状況を把握するにも時間が必要だ。そのためにも敵を何とかしなくてはならない。


「船長。俺に出来ることはあるか。明るくした方がいいとか」

 声をかけてみる。

「私はどちらでも構わないぞ」

 ティンラッドがやはり敵に向かったままで、楽しそうに答えた。


 どちらでもって何だと思ったが、事実ティンラッドはどちらでも状況に合わせて戦闘を楽しむのだろう。ツッコむのはやめて、

「ハールーンは」

 と問いかける。


「僕は暗い方が好きだけど」

 短刀で敵をさばきながら暗殺者が答える。

「船長がいいって言う方でいい」

「自主性を持てよ」

 こちらにはツッコんでしまった。


 ハールーンは暗い方が戦いやすくティンラッドはどうでも良いと思っている。そんな情報しか取得できなかった。

「わかった。もういい」

 半ばやけくそでオウルは怒鳴る。

「船長、この場は任せてもらうぜ」


「うん。好きにしなさい」

 ティンラッドは陽気に答えて、対峙していた敵を蹴り倒した。

「私も私の好きなようにやる!」

 勝手なことばかり言いやがって。ロハスから返された月桂樹の杖を握って、オウルは思った。

 いいだろう。それなら自分も好きなようにやらせてもらう。


「ロハス」

 横にいる商人を呼ぶ。

「待って。まだ起きそうにないんだよ」

 揺すぶっているアベルを情けない顔で眺める。

「もういい、寝かせとけ」

 起こす手間が無駄である。どうせ起きても役には立たない。これまでの経験でよく分かっている。


「オウルが起こせって言ったんじゃんよ」

「分かってる。けどもういい。それより窓を閉めてくれ。そっちから挟み撃ちにされたら手が足りねえ」

「えっ、ヤダよ。もし窓の外に敵が潜んでたらどうするんだよ。オレが危ないじゃん」

「だから。入って来られたらもっと危ないだろうが」

 オウルはイライラしてきた。


「もういい、見張ってればそれでいい。ただし、絶対に敵が入ってくる前に見つけろよ」

 言い合っている時間が惜しい。杖を構えて頭の中で術を構築する。宙に描いた術式に魔力を集中し、それが飽和しはじける寸前に呪文を唱える。

「アメント!」

 杖が光り輝いた。……が、それきり何も起きない。


「オウル。何、今の呪文。何が起きたの。失敗?」

 ロハスが問い詰めてくる。うっとうしい。

「うるさい。失敗じゃねえよ。何か音が出るものをよこせ」

「オウルが窓を見張ってろって」

「見張りながらでも物くらい出せるだろ。さっさとしろよ」


「もう、オウルはワガママだから困るなあ」

 ロハスはため息をついた。オウルは愕然とした。ワガママ? この自分勝手な人間が集ったパーティを何とかするために日々神経をすり減らしている、この自分がワガママ? どうしてそういうことになるのだ。


 言い返そうとしたが、

「これでいい?」

 ロハスに鍋の蓋のような使い古しの打楽器と、それを叩くばちを渡された。

「……ああ」

 納得は行かないが、今はくだらない言い合いをしている場合ではない。


「耳を塞いでろ」

 短く言って、自分には極低音で防音の呪文を施す。

 それからオウルは、ばちを力いっぱい楽器に叩きつけた。


 

 それを音として認識できたのは少数だったはずだ。

 暴力的なまでの圧力が部屋を席捲し無防備だった人間をなぎ倒す。

 一時的に聴覚を吹っ飛ばされた者も多かった。



 呪文『アメント』。効力はティンラッドと出会った夜に使った『アラバル』に近い。かつてのそれは『自分の声を大きくする』ものだったが、こちらは『自分の出す音を大きくする』もので微妙に異なる。

 ただしあの晩と致命的に違うのは、『声』と『打楽器の音』との基本的な音量である。


 内殿で眠りについていたものは皆、飛び起きたに違いない。

 同じ部屋にいた者たちにとっては圧倒的な暴力でしかなかった。


「み、耳が、耳が。死ぬ……」

「殺す気……?」

 味方からも瀕死の抗議が寄せられたが、知るかと思う。忠告を聞かない方が悪い。

 実際、ティンラッドはあの一瞬に大きく飛びのいて敵から距離を取り、耳を守って事なきを得ている。

 今、床に這いつくばる羽目に陥っているのは十割自己責任だとオウルは思うのだった。


「これで、みんな起きて集まってくるだろ」

 いくら襲撃者が大人数だといっても、内殿の神官全てを倒し尽くせるはずもない。被害に遭ったのはせいぜいソラベルの弟子たちだけだ。

 これだけの騒ぎを起こせば、無事な神官たちが原因を確かめにやって来るはず。それで敵の目論見は崩れる。


 ……ひとつだけ納得がいかないのは、この状態でもアベルがまだ高いびきをかいていることだが。

 あの瞬間に、彼はちょうど枕に顔をうずめるようにして『ああっ奥方、いけませんぞ』とか何とかわけの分からない寝言を言っていたのだ。

 大きくてふかふかの枕が防音材となり、神官の眠りを守ったらしい。


 恐るべし幸運値最大。何が恐れるべきで何がそうでないのか、だんだんその境界を見失いそうになって来るが。


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